遺書4
遺書4
これが、さなえとの出会いでした。
結局、私は着替えてさなえに化粧をされ、女の子の格好をし、三人で庭を歩きました。
その頃はちょうど秋でした。
紅葉を眺めながら、庭をぐるりと周っていると、やはり手伝いや弟子たちの視線が気になりました。
縁側を歩く母上の姿を見かけると、いよいよ私は自分の部屋に逃げ帰ろうとしました。
しかし、さなえはいつの間にか私の手首を握っており、どうやっても振りほどけません。
私はそのまま散歩を嫌がる犬のように、ずるずると引きずられて母上の方へ連れて行かれました。
さなえは兄上や私の前に出て、母上に礼儀正しく挨拶をしていました。
母上はあの厳しいものとは違う、柔和な表情を浮かべていました。
私は、母上の笑顔を初めて目にしました。
あまりにも普段とは違い過ぎて、本当に同一人物かと見紛うほどでした。
私が母上に怯えている間、さなえは自分が兄上と私を可愛くしたのだと自慢げに話していました。
すると母上は、サンダルを履いて庭に下りてきました。
また、叩かれるんだろうか。
私はかたく目を瞑って硬直しました。
「天真、靴紐が解けてるわ。転んでしまうわよ」
目を開けると、母上は私の目の前で屈み、私の靴の紐を結び直してくれていました。
「せっかく可愛くしてもらったんだから、転んでお洋服を汚さないようにね」
母上はそう言うと、私の頭を撫でて戻って行きました。
私は唖然としてしまい、返事をすることもできませんでした。
母上は、もしかしたら二人いるのだろうか。
私はそう思って兄上に聞いたことがありました。
「父上が、母上はかんじょうのきふくが激しいんだって言ってた。お弟子さんは、身体が丈夫じゃないから外にもあんまり出られない上に、夫にあいじんをつくられて、母上はさらにせいしんふあんていになってるって」
今思えば、母上がああなったのにも納得がいきます。
母上は生まれつき身体が弱く、子を授かるのが難しいとまで言われていました。
朝倉家の反対を押し切り結婚をするも、親戚中にいびられ、挙句、ようやく授かった長男は病弱で、更に最愛の夫には愛人をつくられてしまう。
それで、精神不安定にならない女がいるでしょうか。