遺書3
遺書3
確か、一週間は誰とも話さなかったように思えます。
誰を信じていいのか、わかりませんでした。
食事も摂らず、自分の部屋にこもって、ぼおっと宙を眺めては、思い出したかのように泣きました。
なぜ、愛してもらえないのか。
なぜ、あいじんの子なのか。
そんな疑問が、頭の中をぐるぐると巡っていました。
兄上は、私を気遣ってか頻繁に私の部屋へ訪れては泣きながら謝罪をしていました。
しかし、私はその謝罪にさえも、反応を示しませんでした。
この時、兄上に対して恨みは抱いていませんでした。
ただ、自分より愛されてる兄上が、羨ましくて、悔しかったのです。
ある日の午後。
いつもの時間に、私の部屋の扉が鳴りました。
また兄上が来たのだと思いました。
しかし、いつもとは違い、この日は直ぐには入ってきませんでした。
扉の向こうからは、兄上と女の子の声がしていました。
揉めてるようでしたが、やがて扉は開きました。
布団を被ってベッドに潜り込んでいた私は、不思議に思って布団の隙間から様子を伺いました。
そこには、シャツにフレアスカートという格好の女の子が、恥ずかしそうに立っていました。
私を呼ぶ声は、間違いなく兄上でした。
しかし、ウィッグと化粧の効果で、姿はまるで別人でした。
その兄上の背後には、大きなバッグを持った可愛らしい女の子が、おどおどした様子で隠れていました。
私がどうしてそんな格好をしているのかと訊ねると、兄上は母上が男の子は女の子の格好をすると健康に育つのだと言われ、仕方なくしてるのだともじもじと恥ずかしそうにして答えました。
「わたしがそうちゃんのこと変身させてあげたの。わたし、さなえっていいます。そうちゃんのお家のお向かいに住んでるの。あなたは、天真ちゃんっていうんでしょ?そうちゃん、天真ちゃんの元気がないって、すごく心配してるよ」
「そんなこと言わなくていいんだよ!」
と、兄上が珍しく声を荒げました。
きっと、恥ずかしかったんだろうと思います。
しかし、さなえはそうとは思わなかったようでした。
途端に眉を八の字にして、目を潤ませていました。
「泣くなよ!」
兄上の照れる姿や、焦る姿を見るのは初めてでした。
恐らく、懸命に私の前では頼りがいのある兄を演じてくれていたのでしょう。
それがおかしくて、私はつい笑ってしまいました。
私が笑うと、さなえは涙を拭って嬉しそうに声をあげました。
「天真ちゃん笑ったよ。そうちゃん、よかったね。天真ちゃんも女の子の格好してみようよ。わたしね、お洋服とお化粧道具持ってきたよ」
さなえは、自慢気に大きなバッグの中を開けて見せました。
バッグの中には、ワンピースにアクセサリーに化粧道具がごちゃ混ぜに入っていました。
私は断りました。
どうせ、丈夫に育つことなんて望まれてないんだろう。
そう思って、再び布団を被ろうとした時。
さなえは私の手首を掴んで、それを阻止しました。
「わたしは、天真ちゃんにも丈夫でいてほしいの。そうちゃん、いつも具合悪そうだから、天真ちゃんには苦しんでもらいたくないの」
しかし、私はあいじんの子という大罪人でした。
大罪人が苦しんだところで、誰も悲しんだりなどしない。
そう言い返すと、さなえは首を横に振りました。
「わたしには、そんなこと関係ないもん。天真ちゃんは、天真ちゃんでしょ?そうちゃんの弟の、朝倉天真ちゃんでしょう?あいじんの子なんて、どうでもいいよ。それより、綺麗になって、みんなでお庭をお散歩しよう。いいお天気だよ」
さなえはそう言うと、ずっと閉まっていた部屋のカーテンを開けました。
久しぶりに浴びた太陽の光は、温かでした。




