遺書1
遺書1
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私は、これから人として大きな過ちを犯します。
それで、たとえあなたを傷つけてしまったとしても、私は遂行するつもりです。
あなたに恨みはありません。
こうしてあなたに宛てて筆を取ったのは、少しでも私がこうせざるを得なかった理由を、知ってもらいたかったからです。
私と家族になりたいと言ってくれたあなたに。
今から、全ての経緯をここに記します。
少し長いですが、あなたの目に触れることを願って。
私が朝倉家にやって来たのは、五歳になったばかりの年の春頃でした。
自分の背の三倍はありそうな高い塀で囲われた、大きな日本家屋を目にした時の感動を、今でも覚えています。
木造の立派な門を潜ると、見事な日本庭園が広がっていて、大きな枝垂桜が一際目を引きました。
家に着くと、私は父上に手を引かれながら、家の中を見て回りました。
途中、何人かとすれ違い、その度、私は極力礼儀正しく挨拶をしました。
しかし、その人たちの中に好意的な態度を示す者は一人もいませんでした。
それでも、子どもだった私は、徐々に打ち解けていけるものだと信じ、その人たちの態度や目を少しも気にはしませんでした。
「これから君は私たちとここで暮らすんだ。私たちは家族なんだから、遠慮する必要はない。何かあったら、直ぐに周りの大人を頼りなさい」
父上は、私の頭を撫でながら優しげに語りかけました。
その言葉を聞いた私は、本当に嬉しかったのです。
これから、この家に住める。
もう、一人なんかじゃない。
父や母、そして兄がいる普通の家庭。
ずっと願ってた夢が、とうとう叶ったと思いました。
その頃、母上と兄上は病院へ外出していました。
前にも話したかと思いますが、兄上は幼い頃は病弱だったため、週に三回は病院へ通っていました。
二人が帰宅したのは、夕方頃でした。
玄関に顔を出すと、女とマスクをした男の子が靴を脱いでいました。
女は春らしい花柄ワンピースを着込み、気品のある顔立ちをしていました。
男の子は見るからに病弱そうで、マスクの隙間から見える顔色は白かったのを覚えています。
私の後に続いてやってきた父上が、「お帰り」と声をかけました。
すると、マスクの男の子は「ただいま帰りました」と笑顔で返事をします。
それに対して、女は一言も発しませんでした。
ただ、冷たい目で父上を睨み、続いて父上の後ろに隠れていた私に視線を移しました。
私は慌てて挨拶をしました。
「宗辰、きちんと手洗いうがいをするのよ」
女は私がした挨拶など聞こえていないかのように、そう言って足早に去って行ってしまいました。
私はそこでようやく、自分の存在がこの家の人たちによく思われていないことに気づきました。