声が、思うように出なかった
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「わたし、実家が農家なんです。それを継ぐのが嫌で上京して、大学の学費と生活費のためにずっと水商売してました。それが、なかなか楽しくって、じゃあいっその事お店つくっちゃおって思って、卒業後に店を作ったんです」
店に向かう途中、ほのかさんはさらっと凄いこと言った。
じゃ、ほのかさんが社長さんみたいなもんか。
大学卒業して、こんな若い子が社長って……あたしとは大違いで泣けてきた。
「でも、いざお店作るにも、経営とか契約とかその他もろもろよくわかんなくて、それで、頭いい天真さんに声かけたんです。ゼミが同じで、周りに全然人を寄せつけない人だったんですけど、事情説明したら意外とのってくれてーーあ、ここです」
ほのかさんは相変わらず派手な外装をした店を指差した。
紅色の格子の向こうの店内は、真っ暗だった。
静まり返っていて、とても人がいるようには見えない。
「天真さん、やっぱりなにかあったんですか?突然あんな電話してくるなんて、初めてだったんです。だから、ちょっと心配で……」
あたしと宗旦狐は目配せする。
やっぱり、ほのかさんに話していい内容ではないよな。
「ちょっと家の事情でごたごたしてて。また日を改めます」
と、宗旦狐が愛想笑いを浮かべて去ろうとする。
あたしは、その宗旦狐の服の袖を掴んだ。
「待って、先生。一応、中も確認しましょう。ーーほのかさん、中見てもいいですか?」
店の中が暗いからって、天真さんが来てないとは限らない。
他に行くあてもないし、念のため見て回ってみる必要があると思った。
「大丈夫ですよ。鍵ありますから」
そう言って、ほのかさんが店の鍵を開けてくれる。
「鍵は、天真も持ってるんですか?」
「はい。わたしと天真さんが持ってます」
じゃあ、天真さんがお店には入れないってことはないんだ。
ほのかさんが店内の電気を点けてくれる。
あたしたちは明るくなった辺りを見回した。
三日月型の大きなカウンター席に、紅色の格子に囲まれた個室席。
手分けして一つ一つ開けて探すも、天真さんはどこにもいなかった。
「いませんねえ」
と、ほのかさんがカウンター席に座って端末で電話をかける。
「……出ませんねえ」
「やっぱり、ここじゃないみたいですね」
宗旦狐はあたしの方を見てこう言った。
いや、まだ、一つだけ調べてないとこがある。
あたしは、前に天真さんに連れられて入った奥の控え室の前に立った。
扉のノブに手をかけて、ゆっくり回す。
扉は、がちゃりと音を立てて開いた。
店の明かりで照らされた薄暗い室内。
畳の上には、店の椅子が転がっていた。
その少し上には、なにか垂れてーー
「……あっ……ああ……!!せんせ……!!」
全身が震え出す。
声が、思うように出なかった。
喉の奥に蓋がされたかのような、息苦しさを感じる。
「なるみさん?」
あたしの様子を不審に思った宗旦狐が近づいてきた。
中を覗いた途端、宗旦狐が大声で叫ぶ。
「天真!!!」
天真さんは、いた。
煌びやかな服が何着も置かれた部屋の奥。
鴨居にビニール紐を吊るしてーー
首を、括っていた。