三人称
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天真は、自身が座っていた座布団の下から果物ナイフを取り出した。
それを見て、宗辰はようやく天真がこの茶室にわざわざ自分を招いた理由と、座布団が用意してあった訳を理解する。
天真は初めから、これが狙いだったのだ。
この茶室は、北側の離れに位置している。
声を上げたところで、母屋にいる人間には聞こえないだろう。
そして、普段使用しないはずの座布団が用意されていたのは、凶器を隠すため。
宗辰は天真の手を振り払って、躙口へと寄った。
しかし、躙口は屈まなければ通れないほどの小さい出入り口である。
天真との距離が近すぎるため、屈んで逃げる間に後ろから刺される可能性があった。
躙口のほかに出られる所といえば、丸窓であるが、そこは天真がいる方の壁であるため、容易には近寄れない。
宗辰は奥歯を噛み締めた。
「想像したんです。もし、ここで兄上の死体を母上が見たらどう思うだろうって。さぞかし、苦しむでしょうね。あれだけ溺愛していた一人息子を自分の駒に殺されるんですから。そう思ったらね、家のことなんて、どうでもよくなったんです」
いつの間にか、完全に日は落ちていた。
微かな外からの光を背後に浴びている天真の表情は、宗辰には確認できない。
「……違うだろ」
と、宗辰は声をかけた。
「お前がしたいのは、母上への復讐じゃない。さなえを殺した俺への復讐だろ」
天真が、微かに笑ったような気がした。
「そうだと言ったら、大人しく殺されてくれるんですか?」
宗辰の脳裏には、なるみの顔が浮かんでいた。
自分とは違い、しっかりとした芯を持ち、時には人のため、凛とした態度で困難に立ち向かうことができるなるみが、本当に好きだった。
しかしその反面、彼女は人一倍傷つくことに臆病で、照れ屋で、泣き虫なのだ。
「……まだ死ねない」
ーーなるみさんを、一人にはできない。
たとえ、さなえから恨まれようと、彼女を幸せにすると決めたから。
その時、開け放たれた丸窓から、叫び声が聞こえてくる。
「先生……!!」
それは、間違いなく彼女の声だった。




