三人称
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「幼かった私は、あなたになるために必死でした。稽古の度、ここでどれだけ父上に怒鳴られ殴られたことか。それでも、私は一日だって稽古を欠かしたことはありませんでした。私にとって、この家を継ぐことだけが存在意義だったんです」
「……だから、反対する母上に認めてもらうためにそこまで固執するのか」
「そうです。でも、もうどうでもよくなりました」
天真は、なにもかも吹っ切れたような顔をしていた。
こんな清々しい顔をした天真を見たのは久しぶりだった。
いや、もしかしたら、初めてかもしれない。
宗辰は、自分が思っていた以上に天真のことをよく見ていなかったことに気づかされた。
「天真、俺がちゃんと父上と母上に話をするから……」
「だから、もう家のことなんてどうでもいいですよ。ーーいつの日か、朝倉家の人間として認めてくれると信じていました。ですが、あの女にとって、私はただの駒でしかなかったんです」
天真の様子は、明らかにおかしい。
要因は、綾子しか考えられなかった。
「母上から、何を言われたんだ?」
宗辰はなるべく、刺激をしないよう穏やか口調で訊ねた。
「あの女はね、『月川なるみを殺せ』と私に命じたんですよ」
天真は、宗辰の反応を伺うようにこう言う。
案の定、宗辰は一瞬にして冷静さを失った。
「っ!なるみさんをっ……!?」
今日は斎玄も綾子も家にいない。
なるみはきっと今頃夕飯を作っているだろう。
もし、自宅に送り込まれていたとしたらーー!
「安心してください。あの子には手を出すつもりはありません」
と、天真は片足を立てて今にも茶室から飛び出しそうな宗辰の腕を掴んだ。
「その代わりーー」
ぎりっと、腕を掴む天真の手に力が込められる。
宗辰はその痛みに顔を歪めた。
「兄上には、死んでもらいます」