やっぱり、この人たちおかしいわ
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「私が今日あなたを訪ねたのは、別に宗辰と別れて欲しいなどと言いに来たわけではないのです」
ほう?
あたしはミルクティーを飲みながら斎玄さんの言葉を待つ。
斎玄さんは、どこから話そうかと迷いながら口を開いた。
「ーー私は昔、医者を志していた時がありました」
「医者、ですか」
「ええ。私の母はあまり丈夫ではなかったので、いつしか医者になりたいと思うようになっていました。医大まで行かせてもらい、医師免許を取得までしました」
すっげえ。
茶道の家元で、医者って無敵でしょ。
フリーターのあたしには眩しすぎる肩書だわ。
「しかし、私が医師免許を取得するのに、父は一つ条件を課したのです。それは、朝倉家をいずれ継ぐことでした」
「それって、医者にはなるなってことですか?」
「はい。朝倉家は、代々血縁者のみを当主としてきました。それは誰一人として、例外ではないのです。私は一人っ子でした。家を守るため、仕方のないことだったのです」
斎玄さんは、なにもかも諦めたような目をしていた。
仕方がない、そうやってこの人は理不尽な運命を受け入れてきたんだろう。
「宗辰は、小さい頃から病弱でした。だから、元気になったら家を継がせる前に、好きなことをさせてやりたいと思っていました。しかし、綾子はそうは思っていなかったようです。彼女は、宗辰に家を継がせることしか考えていませんでした」
「……そうさせたのは、斎玄さんなんじゃありませんか」
あたしは、少し棘のある言い方をした。
生意気だと思われたかもしれない。
でも、愛人との間に子どもつくって綾子さんを追い込んだのは斎玄さんだ。
そんな悲しそうな顔されても、同情なんかしてやれない。
「……ええ、そう思われるでしょうね。私は最低な夫です。でも、それでいいのです。彼女にとって私は、そうでなければならないのです」
なんか含みのある言い方してんな。
「綾子には、申し訳ないと思っています。……しかし、今の綾子はなにをするかわからない。現に、家の者を使ってあなたを誘拐させていますから」
「綾子さんは、元々あんな方なんですか」
「昔から感情の起伏が激しい女ではありましたが、今ほどではありませんでした。彼女をああさせたのも、私のせいです」
ふーん。
それで、つまり、なにが仰りたいんだろう。
あたしに懺悔でもしにきたの?
「ーー最近、天真の様子がおかしいのです」
と、斎玄さんは眉をひそめた。
天真さんが?
「天真は……宗辰が仮に死んだ場合、後継のために愛人に生ませた息子なのです」
あまりに無感情な言葉に、あたしは一瞬言葉を失った。
「……天真さんは、宗辰さんが死んだ後の保険だったってことですか……!?」
「はい」
「あなた……!それでも親ですか!?」
あたしは、気づけば怒りで全身が震えていた。
「そんな、息子を代替品みたいに扱って、子どもをなんだと思ってるんです!」
「私は、朝倉家の当主です。綾子も身体が弱く、どう考えても二人目は望めなかった。そうしなければ、朝倉家を継ぐ血縁者がいなくなってしまうのです」
こんなの、普通じゃない。
やっぱり、この人たちおかしいわ。