狐は肉食獣だった
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長く、深いキスを交わした後、宗旦狐はあたしの涙を拭って笑った。
「ステップアップしちゃいましたね」
恥ずかしくて、まともに宗旦狐の顔が見れない。
しかし……ドラマとか映画みたいに上手くはいかないもんだ。
「先生、さっき寝言でさなえって呟いてました」
あたしは宗旦狐の隣に座って、唇尖らせながら言ってやった。
そしたら、物凄い慌てた様子であたしの両手掴んで謝る。
「す、すみません……!」
「……本音を聞かせてください。先生はあたしと一緒にいて、辛いですか?」
もし、辛いって答えられたらどうしよう。
……怖い。
でも、これはちゃんと聞いて、受け入れなきゃいけないことなんだと思う。
あたしは、宗旦狐の返事を待った。
「辛いわけないじゃないですか。俺はもう、あなたがいないとだめなんです。でもそれはさなえのためとか、そんなんじゃありません。絶対にです」
宗旦狐は、そこまで言うとあたしを抱き寄せた。
宗旦狐の匂い。
ぬくもり。
鼓動。
全部があたしを安心させてくれる。
「さなえは俺の影です。なるみさんが前に言ったように、きっと一生離れません。でも、俺が愛しているのはさなえじゃない。あなたです」
……そう、か。
宗旦狐のさなえさんに対する負い目は、宗旦狐の一部だ。
それは、宗旦狐が一生背負って行くものであり、あたしも一緒に背負うと決めたものだ。
傷つく必要なんて、なかった。
ただ、理解してあげればよかったんだ。
ああもう、背負うって豪語しておきながら情けない。
「なるみさんが初めてだったんですよ。こんなに人を心から好きになったのも、自分から告白したのも、自分からキスしたのも」
……え……まじで?……ほんとに?
そんな感じ、微塵もしなかったんですけど?
めっちゃ手馴れてる感じでしたけど?
って……ちょっ、なんか、宗旦狐の身体が迫って……!
おおお押し倒してくるんですが!!
「あ、あああの、せせせ先生っ……?」
完全に、宗旦狐の身体が覆いかぶさってきた。
ソファの隅に追い詰められたあたしは、反射的に両手で自分の顔を隠す。
「柳原先輩は、証が欲しくなるとかなんとか言ってましたけど、俺はそんなものに興味はありません」
上から降ってくる宗旦狐の声は、切羽詰まってるような口調だった。
あ、あの話、聞こえてたの……?
と、宗旦狐があたしの両手を無理やり掴んで顔を露わにさせる。
真っ直ぐな目をした宗旦狐と目が合った。
「俺が欲しいのは、いつだってあなただけです」
……あ、あたし……?
な、なんか宗旦狐が途端に肉食獣に見えてきた。
あっそういえば狐って肉食だっけ。
そんなこと考えてると、宗旦狐はあたしの首筋ーーなのか顎なのかよくわからない部分ーーに顔を埋めてくる。
「ひゃっ……」
あ、あかん、このままでは……このままでは流されてしまう……!!
なんとかしてこの野獣を止めなければ……!!
「ま、待って!!ストップ!!」
「嫌です」
「嫌ですじゃない!!」
わからずやかよ!
嫌ですじゃねえんだよ嫌ですじゃあ!
必死に宗旦狐の手から逃れようともがく。
でも、さすがのあたしでも男の人の力には敵わなかった。
ならばと足上げて急所を蹴り上げてやろうかとも思ったけど、宗旦狐の膝と身体が阻止してて上がらない。