台所、封鎖できません
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「お邪魔しまーす」
という声が、玄関先から聞こえてくる。
「いらっしゃーい」
あたしの家じゃないけど。
台所から返事をする。
「なんか超いい匂いするー。なるみが作ってんですか?」
「はい。さっきビーフシチューつまみ食いしてみたら物凄い美味かったですよ」
「ビーフシチュー!?美月超好き!」
「僕もつまみ食いしたい」
「巧くん、お父さんが台所に近づかないようにちゃんと見張ってなよ」
「はい」
唐揚げ揚げながら、玄関先から聞こえてくる会話に笑う。
なんか、親戚が集まったみたいでほっこりするな。
……あの人も、来られたらよかったのに。
「なるみさん!お久しぶりです!」
と、美月ちゃんが台所に顔を出した。
相変わらず可愛い。
「久しぶり!って言っても二週間ぶりくらいか」
「聞いてくださいよ!二週間しか経ってないのに、パパの家に行ったら、もうゴミだらけで!足の踏み場もないんですよ!!」
「あはは、学会の論文の締め切りが近かったのかな」
「さすが、月川さん。僕のことよくわかってる」
後から来た大旦那がにやにやしてる。
いや、大旦那のことよくわかってるっていうより、大学講師の事情がよくわかってるんだよな。
おっと、唐揚げが焦げる。
第一陣を引き上げて、第二陣を投入した。
「なるみ、メリクリ。おっ、唐揚げ?日本酒持って来たよ」
花村、嬉しそうに日本酒一升瓶掲げてくる。
「メリクリ。それ持って電車乗って来たの?」
「ううん、巧さんに車でうちの最寄駅からここまで送ってもらった。すっごい助かりました。うち方向音痴で」
「いえ、夜も危ないですから、送らせてください」
巧さん、あたしに軽く会釈すると、花村にこう言った。
……花村が方向音痴って、付き合って十年以上経つけど初めて聞いたわ。
むしろあたしが地図読めない子で、花村に引っ張ってもらってた気が……いや、気のせいか。
「もう直ぐできるんで、座っててください。ーーあ、柳原先生いらっしゃいませ!」
「こんなじじいまで呼んでくれてありがとうね。これ、差し入れ。ワインとチーズ」
「差し入れにワインとチーズって!柳原先生かっこよすぎ!ありがとうございます!」
ほえー、大人な差し入れがきた。
「どっかの奴とは違って私は気が利くからね」
「なに?僕の悪口?」
「そうだよ、お前の悪口だよ」
「なるほど、だから逃げられたんですね」
「何度でも言う。朝倉、お前はこうなるなよ」
「はい」
あはは、柳原先生と宗旦狐の大旦那いじり出た。
「月川さんこの二人ひどくない?なんで僕、来て早々こんなにいじめられてるん?」
と、大旦那、あたしに助けを求めに来たかと思えば、揚がった唐揚げひょいっとつまみ食いする。
「美味い。……あっつ」
「あー!こらー!佐々木先生がつまみ食いしました!」
油断も隙もあったもんじゃない!
「巧くん、もうあいつ現行犯逮捕して台所封鎖しろ!」
「なるみさん、俺も食べたいです」
「美月もー!」
「えー、巧さんが逮捕してくれんならうちも……」
「犯人候補が多過ぎて台所封鎖できません」
巧さん、昔流行った刑事映画の台詞を真似る。
花村はともかく、なんでみんなそんなに飢えてんの!




