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三人称

350


ーーーーーー


宗辰となるみが家から出て行ってから数時間後。

天真は綾子の自室に呼ばれた。


「お呼びでしょうか」


綾子はあの後、軽い過呼吸を起こし、自室のベッドで休んでいた。

今はもう落ち着いたらしく、上半身を起こして天真を見つめている。

光のない、死人のような目だった。


「天真、あなたはいつだって、あたくしのいうことならなんでも聞いてくれたわよね」


ああ、なんでもやった。


その度、天真は自分の心が死んでいくのがわかった。

ただ、母に家族として愛されたかっただけで始めたことが、今となっては自分の首を絞めつけている。

今更、本当の家族になれるとは思っていなかった。

しかし、綾子とのこの関係から抜け出すこともできないのだ。


「お願いがあるの」


綾子はベッドから下りると、天真に近づいた。

今にも折れそうな、枝のような身体。

天真はこの女が心底憐れだと思った。

夫に捨てられたと思い、夫と自分の間にできた唯一の息子に執着する、憐れな女。

こんな女にいいように使われている自分も、また憐れに思えた。


でも、それでいい。

このまま、家族になれなかったとしても、ここに居続ければ、きっといつか認めてもらえるはずだ。

この家を継ぐことができれば、もう二度とこんな肩身の狭い思いをしなくて済む。


天真はその一心で、朝倉家にしがみつき続けていた。


「どのようなことでしょうか」


天真が訊ねると、綾子は狂気に満ちた笑みを浮かべた。

見る者が、思わず鳥肌を立てるほどの狂気。



「ーー月川なるみを、殺して」



綾子の言葉を聞いた途端、天真の中の何かが音を立てて完全に崩壊した。



綾子は天真を認めようとなど、少しも思っていなかったのだ。

最早、綾子にとってこの家や、夫も天真も、どうなっても構わない存在となっていたのである。


……今まで、なんのために生きてきたんだろうか。


天真は、なにもかもがわからなくなった。


「お願いよ……天真……お願いっ……!」


憐れな女が、自分の足元に縋り付いて泣きわめいている。


自分は、この女にとって、ただの操り人形だった。

それは、始めから感じていたことだったが、心のどこかでは信じていたのだ。

いつかは、きっと、この家の人間として、認めてもらえる日がくると。



ーーねえ、さなえ。

どうして、私じゃダメなんだろう。

なんで、兄上ばかり、いつもいつもいつもーー



天真は、ふいに握っていた拳の力を抜いた。

そして、視線を合わせるように屈むと、綺麗な笑顔で憐れな女に手を差し伸べる。


「承知しました」


「……本当に?」


「はい。私は、母上の味方ですから」


「天真っ……!ありがとう!ありがとう!」


女は、天真を泣きながら抱きしめた。



ーーこれで、最後にしよう。

これが最初で最後の、この女への復讐だ。


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