三人称
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「本当に、申し訳ありませんでした」
なるみが部屋に入るのを確認すると、宗辰は、深々と頭を下げた。
なるみを迎えに行く数時間前、宗辰はなるみの家に向かった。
どこにでもありそうな、一軒家。
まだ建って間もないのか、外見も内装も綺麗な家だった。
宗辰となるみの母は、互いに初対面だった。
だから、突然訪れた宗辰の顔を見ても、なるみの母は名乗るまで宗辰が朝倉家の人間だとは気づかなかった。
宗辰は今までなるみと付き合いをしていながら、名乗ることができなかったことを謝罪した後、なるみが朝倉家の人間に連れて行かれたことを話した。
「あの人たちは目的のためであればどんなことでもします。しかし、殺人や恐喝というようなことまでは犯さないはずです。お嬢さんは必ず、無事に私が連れて帰ります。連れ帰った際には、もう金輪際、お嬢さんとはお会いしません。大学の仕事も辞めます。ですから、このことは、警察には黙っていて頂けないでしょうか」
宗辰が床に額を擦り付けて願うと、なるみの母はなるみを無事に帰してくれるのであればと承諾した。
そして、現在に至る。
なるみの母は、深々と頭を下げる宗辰を見つめてこう聞いた。
「なるみのどこがよかったの?」
宗辰は、戸惑いつつ答えた。
「……なるみさんは、自分の意思をしっかりと持った素敵な方です。かと思えば、子どものように臆病な一面もある。悪ぶって見せつつも純粋で、優しい女性です。私は彼女の全てが好きでした」
「それでも、あなたは家をとるのね?」
「朝倉家には、長い歴史があります。先祖が築き上げてきた家を、私一人の都合で途絶えさせるわけにはいきません。ーー私は、朝倉家とは縁を切りました。後は弟が継ぐことになるでしょう。しかし、それに納得しない親戚はきっとたくさんいます。それに、なるみさんを巻き込みたくはありません」
なるみの母は、引き止めもしなければ突き放しもしなかった。
ただ、宗辰の話を聞くことに徹している。
「お嬢さんには、私なんかより幸せにできる人がいるはずです。お約束どおり、金輪際お会いしません。ご迷惑とご心配をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
宗辰は口ではそう言いつつ、少しもそんなこと思ってはいなかった。
できることなら、手放したくない。
誰にも、譲りたくない。
そんな思いは、宗辰に拳を固く握らせ、奥歯を噛み締めさせた。
しかし、このまま一緒にいたところでまたなるみを朝倉家の関係で傷つけるだけだ。
宗辰はそれが、なにより耐えられなかった。
なるみの母が、なにか発言をしようと口を開く。
部屋の扉が乱暴に開け放たれたのは、その瞬間だった。