おあいこ、ですね
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ーーと、宗旦狐の手が突然あたしを抱き寄せた。
「俺も、同じです」
宗旦狐の声は、暗い。
「あの日のことを、あなたに話してしまったら、あなたはきっと、母上に言われたことまで思い出してしまうと思いました。あなたを穢れてると蔑んだ人間と、同じ血が俺にも流れてるとあなたに知られたら、幻滅されるんじゃないかと。それが、怖かったんです。だから、さなえのことを一緒に背負ってくれると言ってくれたあなたに、朝倉家のことを話せなかった。ーー俺も、同じです。なるみさんを、信用できてなかった。あなたを責める権利なんて、どこにもありません。……すみませんでした」
あたしは、服の袖で涙を拭って笑いかけた。
「おあいこ、ですね。朝倉家がどうであろうと、先生は先生です。これからは、ちゃんと信じます」
離れたくない。
嫌われたくない。
あたしは、その一心だった。
「だから……嫌わないでくれますか?」
「んん゛」
宗旦狐は口元を押さえて顔を逸らした。
……嫌だってことだろうか。
月明かりに照らされる宗旦狐の耳が赤い。
じぃっと見つめて答えを待ってると、ちらりとこっちを見た宗旦狐と目が合った。
すると、深く息をついて、
「嫌えるわけ、ないです」
と、言った。
それからまた、あたしをぎゅうっと抱き締めて叫ぶ。
「あんなこと言ってすみませんでした!やっぱ嫌えないです!嫌えるわけがありません!」
ぐえっ、ぐるじい。
「なるみさんが好きです!誰よりもなによりも愛してます!あなた以外なにもいりません!愛してます!!」
「わかったから離してください……!その愛してる人、絞め殺す気ですか……!!」
宗旦狐は、「あっ」と声を上げて腕の力を緩めた。
あと何回絞め殺されそうになるんだろう。
「なるみさん」
あたしは宗旦狐の優しい声に顔を上げた。
すると、宗旦狐の唇があたしの頰に当たる。
…….口じゃ、なかった。
顔が離れた後、無意識に宗旦狐を見つめてたらしい。
宗旦狐ははっと気づいたような顔をして、
「あっ、口がよかったですか?」
とか言った。
「ちっ、違います!」
「いや、なるみさん、ステップアップが大事だって言ってたんで、口はまだ早いかなーと思ってたんですけど、そういえばもう一度してますもんね。それじゃ、次のステップいきましょうか。はい、お口開けてー」
まるで歯医者みたいな口調で仰ってるけど、それってつまり、でーぷちゅーとやらでは……?
「開けません!」
あたしは、両手で口を塞ぐ。
「大丈夫、誰も来ませんよ」
「そういうことじゃない!早く車出してください!……こっち寄るなぁ!!」
「ふふ、恥ずかしがり屋さんですねえ」
宗旦狐は肩をすくめてあたしから離れると、車を再び発進させた。
……まったく、すぐ調子に乗りやがるんだから。
あたしは、熱くなった顔を両手で押さえた。
……嫌われなくて、よかった。