怖かった
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あたしは、宗旦狐に手首を掴まれたまま玄関口に引きずられる。
足の感覚がないくらい痺れてるんですけど!
とも言えず、黙ってなんとかついて行くしかなかった。
と、玄関口の手前で、天真さんが姿を現す。
その姿を見た宗旦狐は、警戒して立ち止まった。
天真さんは無言でなにかを放り投げてきた。
あたしの鞄だ。
「天真さん……」
このまま天真さんを残して、宗旦狐とここを出て行っていいのかわからない。
しかし、天真さんは、
「二度と、朝倉家の敷地には足を踏み入れないでください」
と、宗旦狐に敵意を剥き出して去って行ってしまった。
宗旦狐はなにも言わず、そのまままた歩き出す。
あたしの位置からは宗旦狐の顔が見えない。
だから、宗旦狐が怒ってるのか悲しんでるのかわからなかった。
あたしは玄関に並べられた自分の靴を、痺れた足に履かせて、宗旦狐にまた引きずられながら朝倉家を出た。
「先生っ……痛い、です……」
朝倉家の敷地を出たところで、足に限界がきた。
捻ってて痛いのか、それとも痺れてて痛いのか。
でもって、さっきから宗旦狐に握られてる手首も地味に力がこもってて痛い。
宗旦狐ははっと気づいたように立ち止まった。
そして、ようやくこっちを振り返ってくれる。
……なんて、悲しい顔をしてるんだろう。
あたしは、ふいに宗旦狐に抱き締められた。
ぶっかけられたお茶のせいか寒い。
身体が震える。
ーー怖かった。
宗旦狐は、あたしを抱き締めながらこう言った。
「怖い思いをさせて、すみませんでした」
違う。
宗旦狐が悪いんじゃない。
でも、それが言えなかった。
「近くに車を停めてあります。そこまで、歩けますか」
「……はい」
あたしは、震える身体を宗旦狐に支えられながら必死に運んだ。
そして、車の助手席に座る。
宗旦狐は、無言で車を発進させた。