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朝倉家とおおばあ様

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「久しいわね。あたくしのことなんて、もう忘れたかしら?あの頃、あなたは四歳くらいだったものね」


と、母上は切り出した。


「……忘れたくても、忘れられません」


あたしは、本音を述べた。

さも、異端者と話すことの不快さを隠すかのような優しげな口調で、あたしに語りかける母上。

でも、どんなに物腰を柔らかく見せたところで、あたしにはこの人の本心が手に取るようにわかる。


「確か、あの日は華さんのお葬式があったのよね。ーーところで、あなた、朝倉家がどのような家かご存知でして?」


華とは、おおばあ様の名前だった。

この名前を聞くのは、随分久しぶりな気がする。


「おおばあ様と縁があるくらいしか。家族はあまり、おおばあ様の過去を話したがらないので」


「そうでしょうね」


と、ここで初めて母上は笑顔を見せた。


お手伝いさんが、「失礼します」と部屋に入ってきて湯のみを母上とあたしの前に置いて、すぐさま出て行った。

お茶のいい香りがする。

でも、手を出そうとは思えなかった。


「じゃあ、あたくしがお話ししましょう。朝倉家は、代々続く裏千家流の茶道の家元なのです」


茶道の、家元?

なるほど。

だから宗旦狐は文化祭の時も、あんな綺麗にお茶を点てられてたんだ。


……宗旦狐ってあだ名、あながち外れてなかったな。


「そして華さんは、うちの前々代の当主、宗円の妾でした」


「めかけ?」


って、つまり今でいうところの……愛人!?


「そうです。華さんは宗円との間に子を成すと、そのまま子だけを朝倉家に残し、両家親族の意向により、即座に絶縁させられることとなりました。子は男子でしたので、戦争で華さんが生前だった頃に亡くなったと聞いております」


あたしは、雷に打たれたかのような衝撃を全身に感じた。


あの、おおばあ様が、そんな壮絶な人生を歩んでたなんて、全然知らなかった。


茶道の家元の当主と、憑き物家の娘。

当時はきっと大正か昭和初期頃か。

そんな時代からして、この二人の恋愛がどれほど難しいものだったかは、想像に難くない。


「時が経って、華さんが亡くなったことを風の噂で聞きつけた宗円は、せめて葬儀はうちで執り行いたいと、直々に月川家ーーあなたのおばあ様に申し出たそうです。結果、葬式は朝倉家が執り行うことになりました」


あの日……そんな経緯があったんだ。

朝倉家の人間からすれば、当主が決めたこととはいえ、迷惑千万だっただろう。

なぜ、妾のしかも憑き物家の人間の葬式を、うちで執り行わなければならないのかと。

だから、あたしたち月川家は、あの日、朝倉家の敷地には入れなかったのかもしれない。

中に入れば、朝倉家の不満をぶつける格好の的にされるから。


どれだけ、祖母はその葬式に出席したかっただろう。

どんな思いであの日、あの門の前で、喪服を着て佇んでたんだろう。

想像しただけで、悔しかった。

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