ああ、帰りたい
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朝倉家は、旅館かよと思うほどの豪邸だった。
長い廊下に、いくつもの襖。
洋室もあるみたいで、装飾の美しい木製の扉もあった。
でもって、お手伝いさんみたいな人までたまに見かける。
なんの仕事してたらこんな豪邸に住めんだろう。
あたし、結局朝倉家がどういう家だか全然知らないんだよね。
知ってることと言えば、憑き物家だったおおばあ様が、この家と関わりがあったってことぐらい。
だから、おおばあ様の葬儀もこの家で行われたと聞いたことがある。
確かに、おおばあ様はもともと名家のお嬢様だったらしいから、こういう家と繋がりがあっても不思議はない。
じゃあ、おおばあ様の親戚なのかな?
でも、もし朝倉家がおおばあ様の親族だとしたら、朝倉家だって憑き物家ってことになる。
そうだとしたら、葬儀の日、月川家を憑き物家と蔑むことなんかできなかったはずだ。
そもそも、実はおおばあ様とあたしはーーというより月川家の人間全員、おおばあ様とは一切血の繋がりはない。
おおばあ様は、あたしの祖母ーーつまり、母の母の養母なのだ。
祖母は家族と反りが合わず、集団就職の際関西から東京に上京してきて、そこで身寄りのなかった憑き物家のおおばあ様の養子になったらしい。
なんでも、祖母と祖父の壮絶な結婚話をうまくまとめたのもおおばあ様だったとか。
だから、おおばあ様は恩人であり、月川家の家族でもあった。
ただ、血は繋がってないから、正確には月川家は憑き物家ではないのだ。
もし、それを知ってながら、あえて、おおばあ様と縁があった月川家を憑き物家として蔑んだんであれば、よっぽど朝倉家はおおばあ様に怨みがあるってことになる。
一体、朝倉家とおおばあ様の間になにがあったっていうんだろう。
天真さんが、襖の前で止まった。
どうやら、この襖の向こうに母上とやらがいるらしい。
……あたしのことを穢した、あの人が。
「お連れしました」
「入れなさい」
女の厳しい声が中から聞こえてくる。
あたしは思わず生唾を飲んだ。
天真さんが静かに開けた襖の向こうは、広い座敷部屋だった。
二十畳……いや、多分もっと広い。
その空間の隅に、高価そうな木製の机がぽつんと置かれていた。
机の前には、和服を着込んだ女が座布団を敷いて座ってる。
この人が母上?
四、五歳の頃の記憶を思い起こすも、はつきりとした顔は浮かばない。
「月川なるみさん、ね?」
と、女はやはり厳しい目をあたしに向ける。
ああ、そうだ、この目、間違いなく母上。
年取ったんだな。
あたしは反射的に目を逸らした。
「は、はい」
「無理やり連れてきてしまって、悪かったわね。天真を使って前もって約束をしてもよかったんだけれど、そしたら宗辰までついてきそうだったから。あたくしも、あまり体調がよくなくて外出は難しくて。ーーまあ、お座りなさいな」
……あ、あれ?
なんか、年取って物腰が柔らかくなった?
「失礼、します」
あたしは、言われたとおり、机を挟んで母上の向かい側に用意された座布団の上に腰を下ろす。
やっぱり、正座じゃなきゃだめだよね。
うーん、絶対後で痺れて動けなくなるし、捻ってるから地味に痛いんだよなあ。
そんなこと思いつつ、大人しく膝を折る。
天真さんは、母上の左後ろ辺りに正座して控えた。
……二対一。
ああ、帰りたい。