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昔話

330


「昔、宗辰さんから聞いたことがあります」


あたしが下を向いてひたすら黙ってると、巧さんは神妙な面持ちで唐突に語り出した。


「宗辰さんの初恋は、中学生の頃だったそうです。相手は朝倉家で行われた葬式の日、宗辰さんの部屋に侵入してきた四、五歳の女の子でした。その子は、宗辰さんの親戚中が嫌悪している憑き物家の子どもだったそうです。宗辰さんはその子と大人になったらまた会おうと、約束したと言っていました。だから、ずっとその子を探しているんだと」


まるで、昔話を聞いてるかのような、感覚だった。



四、五歳だったあたしは、おおばあ様のお葬式の日、中学生の男の子の部屋に侵入した。

そして、その男の子と、大人になったらまた会おうと指切りをした。


あたしは、顔を上げる。


……ああ、そうか。



宗旦狐はあの時のーー



「その子は、結局宗辰さんの母親に見つかって、酷い言葉を浴びせられたそうです。でも、涙一つ流さず、誰に頼ることもせず、一人で立ち向かったと言っていました。子どもにとって、大人は逆らうことのできない存在のはずなのに、自らの意志だけで立ち向かっていたと。宗辰さんは、その子が羨ましかったそうです。親の言うことだけを聞いて、言われるがまま生きていればいいと思っていた自分が、恥ずかしくなるほどだったと」


巧さんは、あたしの目を真っ直ぐ見つめた。


「あの人は、その子に会ってどうしても伝えたいことがあると言っていました。そのためだけに、親が決めた婚約を破棄したんです。結果的に、一人の女性を不幸にしました。そんな人が……そうまでして、あなたを選んだ人が、あなたを不幸にすると思いますか」


あたしは、巧さんから目を逸らして下唇に噛み付いた。



ーー本当は、薄々感じてた。

宗旦狐が、あの時の男の子なんじゃないかって。


でも、もしそうだとしたら、あたしはあの頃のあたしとは見た目も中身も違うから、とっくに幻滅されてるだろうと思った。


あたしは宗旦狐が思ってるような、そんな立派な人間なんかじゃなかったはずだ。

きっと、そんなことは宗旦狐だって、とっくに気づいてるはず。



なんで、それでも一緒にいてくれたんだろう。

どうして、こんな穢れたあたしを好きだって言ってくれたんだろう。



……さなえさんへの贖罪?



ーーいや、きっと違う。

きっと。



ーー会いたい。

会って直接、話がしたい。



顔を上げると、再び巧さんと目が合った。

その、巧さんの優しい眼差し見て、あたしは思わず言葉に詰まる。


……巧さん、こんな顔できるんだ。



「今、少しでも俺の言葉を信じられたなら、月川さんはあの人のことも信じられるはずです」



巧さんは、そう言ってあたしの手を取った。



「あの人を、信じてやってください」



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