あたしは、あの女の人に穢されたんだ
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「立て続けに三回も駅で転んだんですか」
まあた大旦那か。
もお!ほんっとにもお!お喋り!
「俺は今日非番です。言いたくないなら無理には聞きませんが、隠していてもいいことはないと思いますよ」
あたしは、なにも言えなかった。
これ以上否定しても逆に怪しまれるだけだ。
でも巧さんは、追及をやめない。
「誰かに、突き飛ばされたんじゃないですか」
あたしは、観念して口を開いた。
「……多分、そうだと思います。ラッシュ時だったし、押してきた人の顔までは見てませんけど」
そう答えると、巧さんはここぞとばかりに質問をしてくる。
「心当たりはありますか」
「……いいえ」
「宗辰さんはこのこと知ってるんですか」
「いいえ。先生には、言わないでください。変な心配、させたくないんです」
「本当に、そう思ってますか」
……え?
「本当は、宗辰さんが信じられないから、頼ることができないんじゃないんですか」
図星だった。
あたしは、宗旦狐が好きだ。
でも、その反面、宗旦狐のことが信じられてない。
それは、天真さんに言われたからじゃない。
初めからそうだった。
どっかで、宗旦狐の言葉や優しさを疑ってた。
あたしは、ずっと前から人間不信だったんだ。
だから、もし天真さんの言葉が本当だったとしても、きっとどこかしらで納得するんだろう。
だって、どうせ人間だもんねって。
「人を信じるって、なんなんでしょうね」
あたしは、本当にそれがわからなかった。
「……先生を、支えたいとは思うんです。でも、あたし自身は支えて欲しくない。いつか、裏切られるのが、怖いんです。きっといつか、捨てられる。ーーあたしは、穢れてるから」
ーー憑き物家の穢れた子どものくせに!二度とこの子に近寄らないで!さっさと出て行きなさい!
あたしは、あの女の人の顔がずっと忘れられないでいる。
心の底から、嫌悪している目。
汚物でも見るかのような目。
「なぜ、穢れてるなんて思うんですか」
そうだ、なんであたしは、あたし自身を穢れてるなんて思うんだろう。
憑き物家の子だから?
いや、違う。
もしそうなら、母も妹も穢れてることになる。
きっと、そうじゃない。
ーーあたしは、あの女の人に穢されたんだ。