ああ、どうしよう、全然笑ってくれない
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なんで大旦那は、ああも突っ込まれたくないとこを的確に突っ込んでくるのか。
親心ってやつかな?
心配してくれるのはありがたいけど、本当のこと言ったら大旦那口軽いから絶対宗旦狐の耳に入るもん。
それだけは阻止せねば。
あたしは鼻息を荒くさせて、紀要の受入れ作業を行った。
資料室の扉が叩かれたのは、十三時頃だった。
ちょうど閉室にしてご飯食べようと思ってたところの来客だったから、正直ちょっとイラっとした。
「はい、どうぞ」
苛立ちが声に出ないように返事をする。
と、入って来たのは私服姿の巧さんだった。
「どうしたんですか、巧さん」
「今日は非番なので、少し話しをしに来ました。いいですか」
相変わらず無表情で、なにを考えてるのかさっぱりな顔してる。
とりあえず、あたしは「どうぞどうぞ座ってください」と巧さんを招き入れた。
珍しい客人で、いつの間にか苛立ちもすっかり消え失せてた。
「この間は、飲み会、来てくださってありがとうございました。多く払わせちゃって……迷惑だったかなって思ってたんです」
あたしは巧さんの向かいに腰かけた。
「いえ、楽しかったです。久しぶりに酔いました」
あ、あれってやっぱり酔ってたんだ。
巧さんは珍しく気まずそうな顔をする。
「花村さん、なにか言ってませんでしたか。帰り際、失礼なことをしてしまったようなので」
「えっと、記憶にないんですか?」
「いえ、頭を触ったことは覚えてます。花村さんが美月の幼い頃に似ていたので、つい手が出てしまいました。宗辰さんに、あれはよくないことだと後で聞いて、一応メールでも謝罪はしたんですが……怒っていませんでしたか」
宗旦狐に巧さんを咎める権利ないと思う。
あれがよくないことなら、あたしにやってることはどうなんだ。
「全然怒ってませんでした。ただ、女の子にあれやると大抵勘違いされますから、気をつけた方がいいです」
「……勘違い?」
……うわ、この人、天然?
天然タラシ?
これ以上話すと花村が巧さんに好意を抱いてるってことバラしちゃうことになるから、話変えよう。
やっぱりこういうことは、本人同士でやりとりするべきだもんね。
「ところで、巧さんからここに来てくれるなんて珍しいですね!」
「ええ、まあ。少し気になることを同僚から聞いたので」
「同僚さんから?」
「月川さんも会ったことがありますよ。あの、探偵を引き継いだ男です。その同僚は、平塚に住んでるんですけど」
……あ、やばい。
あたし、その同僚さんに心当たりある。
「昨日、家に帰る途中、帰宅ラッシュで混み合う駅で、移動してる月川さんが急に線路側に倒れこんだのを見たと言っていました」
……確かに、あたしは昨日、平塚駅のホームで転けた。
でもって、多分その同僚さんに会った。
ーー大丈夫ですか!?
ーーあ、全然大丈夫です。……痛っ。
ーー足、痛みますか。さっき、誰かに思いっきり突き飛ばされてましたよね。今、駅員さん呼びますから。
ーーいえ、自分で転びました。ほんと、大丈夫なんで。ありがとうございます。
絶対昨日のあの人だ。
なんか責任感強そうな人だと思ったら、あの時のおまわりさんだったのか。
「同僚は、間違いなく月川さんは誰かに突き飛ばされたような倒れ方をしてたと言ってましたが」
「やだな、あたし、ぼおっとしてて自分で転んだんですよ。ほら、あたし丸いからちょっと躓いただけですぐ転ぶんです。あはは」
ああ、どうしよう、全然笑ってくれない。




