黙ってよう
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あたしはぼーっと、タクシーの車窓から見える景色を眺めた。
昼には活気づいてる駅前の商店街の店は、みんなシャッターを閉めている。
人通りは少なく、道路を走る車の数も少ない。
静かな夜だった。
ーー怖かったな。
まだ、喉に天真さんの体温が残ってるようだった。
思い出しただけで、息苦しささえ覚える。
思い出して、突然身体が震えだした。
天真さんの目が、怖かった。
桜花さんからのあの変貌ぶりが、怖かった。
タクシーを降りてからも、震えは止まらなかった。
落ち着こうと、近くのお社の前に腰を下ろす。
なにを祀ってるのかはわからないけど、昔からありそうな立派なお社だった。
星が、綺麗だった。
オリオン座が見える。
蠍に刺されて殺されたオリオン。
ーーあたしも、殺されちゃうのかな。
あたしは、天真さんに締め付けられた首を押さえた。
と、端末が急に鳴り出す。
宗旦狐からの着信だった。
震える手で、端末の液晶に触れる。
「ーーはい」
『なるみさん、家に着きましたか?』
宗旦狐の声を聞いて、少しだけ落ち着いた。
あたしは息をついて、努めて明るい声をしぼり出す。
「すみません、連絡、忘れてて」
『いえ、無事に帰れたならよかったです。ーー大丈夫ですか、声が震えてますが』
「だ、大丈夫です。ちょっと、寒くて。ーー花村、凄い喜んでました。巧さんがあんなことするなんて、意外でしたね」
『巧くん、結構酔ってましたから。俺も巧くんと飲むの初めてだったんですけど、あれは顔に出ないタイプですね』
「ははは、そう、だったんですね」
『なるみさん、本当に大丈夫ですか?やっぱりなにかあったんじゃ?』
「ほんと、なにもありませんよ!ーーそ、そういえば、来週クリスマスですねー!今年のクリスマスは大学お休みですけど、先生はなにか予定ありますかっ?」
『……いえ、空けてますよ』
「じゃ、じゃあ、一緒に遊園地のイルミネーション見に行きましょ!よみうりワールドのイルミネーション、一回見てみたかったんです!……いや、ですか?」
『そんなことないです。行きましょう。楽しみにしてます』
「よかった!約束ですよ!ーーそれじゃ、おやすみなさい」
『……おやすみなさい』
そう言って、互いに電話の回線を切った。
ーー言えない。言えるわけない。
だって、天真さんは宗旦狐の弟だ。
さっきのこと言ったら、仲が悪くなる。
いや、違う。
本当のことを知るのが怖いんだ。
もし、宗旦狐が天真さんが言ってたように、あたしが憑き物家の人間だって知ってて面白半分で近づいたんだとしたら……。
もし、あの好きって言葉が嘘だったら……。
あたしはもうきっと、なにも誰も信じられなくなる。
……黙ってよう。
きっと、その方がいい。
その方が、あたしも宗旦狐も傷つかないだろう。
あたしは、深呼吸をして、家の中に入った