人とは
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ーーコンコン。
と、ノックが鳴った。
途端、天真さんはあたしを無理やり引き起こす。
「げほっ……ごほっ……」
あたしは涙を流しながら、必死に酸素を求めた。
「はあい」
ノックに返事をする間延びした声は、既に桜花さんのものだった。
扉を空けて、花魁バーテンが酒を運んでくる。
「お酒持ってきましたよー。あらら、お風邪ですか?」
「そうみたい。さっきから咳止まらないみたいで。なるみん、もう帰った方がいいわ」
「残念。でも、お大事にしてくださいね。治ったら、またぜひいらしてくださあい」
あたしは、花魁バーテンにまともに返事もせず、ふらふらと立ち上がって店を出た。
店の出入り口で、見送りの天真さんから五千円札を差し出される。
「交通費です」
あたしは、きっと睨んで五千円札を持つ天真さんの手を払った。
五千円札が、宙を舞う。
「あなたの言うように、あたしは穢れてるのかもしれない!でも、朝倉先生は……あの人は、あんたたちなんかとは違う!!あの人は、あたしを好きだって、言ってくれた!こんな穢れたデブスでも、好きだって言ってくれたんです……!」
泣きながら訴えるあたしを見て、天真さんは目を伏せた。
「人はね、いくらでも嘘をつける生き物なんですよ。これ以上、痛い目を見たくなければ、兄上と別れなさい」
あたしは無言で天真さんに背をむけ、逃げるようにして階段を駆け下りた。
ーーーーーー
天真は月川なるみが視界から消えると、端末で電話をかけた。
「……天真です。計画どおり、先ほど月川なるみと接触しました。兄上は話してはいないようでした。……はい、そのように。……では」
電話を切り、深いため息をつく。
先ほど、月川なるみに言った自分の言葉が耳にこだましていた。
ーー人は、いくらでも嘘をつける生き物、か。
そのとおりだな。
……私は、嘘の塊だ。
なぜ、こんなことをしてるんだろう。
こんなことをしたところで、さなえが戻ってくるはずなどないのに。
あの人から、愛されるはずもないのに。
それでも私は……もう、後戻りはできない。
ーーねえ、さなえ。
どうして、私を選んでくれなかったの。