やっぱ帰りたいい……!
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花村は、自分の家の最寄駅に着くまで無言だった。
ぼーっとしてるかと思えば、たまに自分の頭触って、はにかむ。
幸せを噛み締めてんだなって思ったから、あたしも邪魔しないように無言でいた。
駅に着くと、タクシーで帰るって言うから、電車の乗り換えついでに見送ることにした。
この時間だからか、タクシー乗り場前には結構な列ができてる。
「ねえ、なるみ」
別れ際、花村があたしの腕を掴んで真顔でこう言った。
「年下万歳」
「……おう」
完全にやられましたね、これは。
巧さんも、どういう意図であんなことしたんだろ。
シスコンだと思ってたから、あんなことするなんて意外。
花村は、満足げにタクシーに乗って帰ってった。
さあ、あたしも帰ろ。
端末で時間確認する。
まだ二十一時半かあ。
二十二時過ぎには家に帰れそうだなあ。
そんなこと考えながら、駅構内に戻ろうとする。
と、目の前から誰かが近づいてきた。
間違いなくあたしの方に近づいてる。
背の高い人影。
探偵のこともあるから、自然と身構える。
しかし、街頭に照らされた顔は、見覚えがある人のものだった。
「なるみん!」
「お、桜花さん?」
近づいてきたのは、和装姿の桜花さんだった。
もちろん、女物の着物。
ほんとこの人、どんな格好してても綺麗だな。
「やあだあ、もしかしたらって思って近づいてみたら、ほんとになるみんだったあ!ぐうぜーん!今仕事帰りなの?」
「いや、ちょっと朝倉先生たちと飲んでて。その帰りです。桜花さんは?」
「客引きよ。うちの店舗、この駅の近くにあるの。あ、なるみん、ちょっと寄ってかない?暇だったのよお。行きましょ行きましょ!」
「えっ、いや、あたしもう飲んだから帰る……」
「いいからいいから!ちょっとだけ!」
うーん。
まあ、ちょっとだけなら。
……あれ、でも確か桜花さんのお店ってガールズバーでは?
ひええ、やっぱ帰りたいい……!




