恋に落ちる音とやらが聞こえたらしい
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「本当に大丈夫ですか」
と、巧さんは眉を寄せて花村をあたしに託す。
「大丈夫です。ちょうどもうすぐ電車も来るし」
駅が宗旦狐と巧さんとは逆だから、あたし一人で花村と帰ることになった。
まだそんな遅い時間じゃないし、電車乗って駅着いたらタクシー乗せればいいや。
宗旦狐はエレベーターの扉を開けて待っててくれた。
「ありがとうございます。ごちそうさまでした」
あたし、花村とエレベーターに乗り込んで二人にお辞儀する。
お会計、二人に多く払わせてしまった。
巧さん年下なのに。
無理に誘って悪かったかな。
お酒飲んでも顔色変わらないし、いつも無表情だからよくわかんないや。
「いえ、気をつけてくださいね。家に着いたら、連絡ください」
「了解です。巧さんも、ありがとうございました。また……」
あたしが巧さんに手を振ろうとすると、花村がずいっと前に出て、
「巧さん、また飲みましょーねー!今度は二人でー!」
とかなんとか言って、巧さんの右手を取った。
すると、巧さん、なにを思ったのか空いてる左手を花村の頭に乗せる。
「はい。気をつけて」
花村、硬直。
あたしと宗旦狐、巧さん凝視。
巧さんが手を離し引っ込めると、エレベーターの扉が閉まった。
ぎこちない笑みを浮かべながら、宗旦狐が手を振り見送ってくれる。
あたしも多分、宗旦狐と同じような顔しながら手振ってた。
再び扉が開き、駅のホームに降りた時。
花村はようやく言葉を発した。
「なるみ……」
「はい」
「今の、見た?そして、聞いた?」
「はい、しかと見聞き致しました」
「なんか、胸がきゅんって。きゅんって鳴ったんだけど」
……どうやら、恋に落ちる音とやらが聞こえたらしい。
花村の中から、酒の酔いは完全に抜けていた。
代わりに、今度はなにかピンク色で甘ったるい匂いがしてそうななにかが、花村の中を占めているようだった。
それは、あたしが未だに受け止めきれずにいるものだった。