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宗旦狐現る
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「失礼します。柳原先輩いますか」
そう言って入ってきたのは、比較的若い男だった。
多分、三十代前半〜後半。
くたびれた背広。
寝ぐせみたいにぴょんぴょん跳ねた髪。
うっすら生えた無精髭。
黒縁眼鏡。
……ん、あの黒縁眼鏡……。
「きたな、若僧」
柳原先生、顎で中に入るよう促す。
男はやれやれと肩をすくめながら近づいてきた。
「若僧って、先輩どこの仙人ですか。俺もう三十超えてます、よ」
と、男、あたしの顔見て硬直しやがった。
っんだごら、やんのか。
「月川さん、これ、私の大学の後輩の朝倉宗辰くん」
「あー、朝倉先生ですね。さっき北条先生と話してました」
なるほど、この人が新しい近現代文学の非常勤講師か。
そうたつって、なんか宗旦狐みたいな名前だな。
確か、千利休の孫に化けた狐の名前だったか。
それにしても、朝倉先生、こっち見過ぎなんだが。
まじで穴開きそう。