素直じゃないなあ
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しばらく談笑してると、桜花さんは、
「お店の支度あるからお先に失礼。なるみん、またね」
と言って軽やかな足取りで出て行った。
その直ぐ後に柳原先生も、
「私は月川さんと朝倉のイチャイチャ見れたから満足だ。次の授業行ってくるよ」
とか言って、元気よく資料室を出て行こうとした。
「あ、待って柳原先生」
あたし、そんな柳原先生を呼び止める。
それから近づいて、耳を貸すよう手招きした。
「あたし、朝倉先生のこと好きでした。ちゃんと、柳原先生に対する好きとは違うってことにも気づきましたよ。そういう意味では、大人になったと思います」
そう言って、顔を離してからドヤ顔してやった。
「そうかそうか。そりゃ残念」
柳原先生は笑いながら資料室を後にした。
はて、なにに対して残念だったんだろう。
首を傾げていると、宗旦狐が近づいてきて耳を寄せてくる。
「なんの話ですか?」
内緒話がしてみたいらしい。
でも、顔近づけるとなにされるかわかったもんじゃないから普通に話す。
「来世は柳原先生に飼われる化け狸になるって話です。めちゃくちゃ可愛い美少女になってやりますよ」
「どうしてなるみさんはそうやって俺の心をかき乱すようなことばっかり言うんですか?」
ーー宗旦狐のことを男として好きだなんて、恥ずかしすぎて口が裂けても言えないからだよ。
柳原先生や佐々木先生のことは、人として好きだった。
その人柄や先生方が持ってる知識が好き。
でも、一人の男としては見たことがなかった。
あたし、本当はずっと前から、ちゃんと人を好きになれてたんだな。
「そうやって気を引きたいお年頃なんだよ。朝倉、それを絶対見誤るな」
「佐々木先生は見誤ったんですね」
「そうやって、僕の心を傷つけるようなことばっかり言わないでくれん?」
……大旦那と宗旦狐、あたしが入院中に仲直りしてたらしい。
前みたいに漫才繰り広げてる。
なんだかなあ、よかったけど、心配して損したわ。
「お邪魔になるからそろそろ僕は帰るよ。会議終わったし。美月は?」
「帰る。ーーあ、そうだ美月も話さなきゃいけないことあったんだ。美月のママが、明日にはもう出張から帰ってくるんです。だから、美月も明日には家に帰らなくちゃいけなくて……」
あ、そうか、美月ちゃん、お母さんが出張中の期間だけお父さんの大旦那の家に泊まってたんだった。
「ママと住んでる家、都内なんだけどここまでちょっと遠いから、今までよりあんまり来られなくなっちゃうかもしれません。お兄ちゃんもなるみさんも、美月に会いたくて寂しくても泣かないでくださいね」
と、にこにこ笑う美月ちゃん。
あたしはにやりと笑って大旦那に視線を移した。
「佐々木先生のが泣いちゃうんじゃない?」
「僕はそんなことで泣いたりしませんよ。美月が帰れば巧も自分の家に帰るだろうし、また一人を満喫しようっと」
「なにそれ!ひどい!これからはご飯もお風呂も洗濯も掃除も全部一人でやるんだからね!」
「へいへい」
まったく、素直じゃないなあ。
宗旦狐も同じこと思ってたらしい。
あたしの隣で苦笑いしてた。