いいんだろうか?
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「どうせ、誰かを好きになってもならなくても背負うことに変わりないんだったら、誰かを好きになってた方がよっぽどいいじゃないですか」
あたしは、にっと笑って見せた。
「人を好きになることは、人間のエゴなんだそうです。……あたしは、先生が好きです。さなえさんに呪われても恨まれても憎まれても、好きなもんは好きです。ーーだから、あたしも先生と一緒に背負わせてくれませんか」
ーーこころの先生は、生前、妻にも懇意にしていた私という学生にも、Kという十字架の存在を明かさなかった。
あたしは、もし先生が一人じゃなかったらーー自己防衛の壁をぶっ壊して、奥さんや私に話してたらーー或いは、誰かが土足で先生のこころに踏み込んであげたら、結末は変わっていたかもしれないと思う。
先生のこころに、土足で踏み込むことができなかった読者のあたしは、現実まで、ただの読者にはなりたくなかった。
だからもう、開き直っちゃうしかないよね。
いつまでもうじうじ考えたりすんのあたしらしくないし、恥ずかしがってても自分の心は変わらないわけだからさ。
宗旦狐は、下唇に噛みついていた。
それから、震える手であたしを抱き寄せる。
「自分が選んだ道を、後悔しないでください。あたしは、先生と会えてよかったと思うから」
あたしは、宗旦狐の頭撫でながら笑う。
宗旦狐は嗚咽を漏らしながら、
「しばらく……こう、させてくださいっ……」
と、更に強い力であたしを抱き締める。
「お好きなだけどうぞ。抱き心地の良さには、定評のある月川なるみさんですから」
ふはは。
皮下脂肪でもふもふだかんな。
……ところで、これはオッケーってことでいいんだろうか?
いいんだよね?
よし、勝手にいいってことにしとこ。
あたしは、そんなことを思いながら宗旦狐の頭を撫で続けた。