語られる過去
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「実は今日、見合いがあったんです」
と、宗旦狐は切り出した。
「知ってました」
あたしがそう答えると、宗旦狐はなにか心当たりがあったのか、心底嫌そうな顔をする。
「天真に会ったんですか」
「はい。今日の十八時から、先生のお見合いがあると聞きました。だから、賭けてみないかと誘われたんです。先生がお見合い相手を取るか、あたしを取るか。ーーでも、勘違いしないでください。あたしは、先生が来ても来なくても、お別れするつもりでした。賭けというよりも、ちゃんと先生と決別するためにお呼び出ししたんです」
正直、ちょっと期待しなかったわけではないけど。
でも、やっぱり自分の都合で先生の見合いを邪魔したのはよくなかったと思う。
素直に謝ろう。
「すみませんでした。別の日にすればよかった。本当に、すみませんでした」
「……いえ、どうせ、断るつもりでしたから。こちらこそ、遅くなってしまってすみません。抜け出すのになかなか手間取ってしまって」
え?断る?なんで?
見合いするから、あたしに好きじゃなくなったとか言ったんじゃないの?
「なにがあったんですか?」
あたしが聞くと、宗旦狐は話すのを躊躇うような素振りを見せた。
でも、しばらくして決心がついたのか、その重い口を開いた。
「俺には、高校生の頃から婚約者がいました」
……は?
高校生の頃から婚約……だと?
二十二歳独身彼氏いない歴=年齢のあたし、吐血しそう。
「その子は、東城さなえという子で、幼馴染でした。お淑やかで、あまり感情を表に出すような子ではありませんでしたが、気立ての良い子でした。ーー俺は、親に言われたとおり、さなえを愛しました。さなえも、俺を拒みはしませんでした。高校を卒業したら、さなえと結婚して、大学を出たら家業を継ぐ。それが、親の決めたレールでした。俺もさなえも、ただそれに従って生きていくだけだった。ーーでも、ふと、俺は自分の人生というものに目が眩んでしまいました。あの子のように、自分自身の足で歩いてみたくなったんです」
あの子?
それって、誰のことだろう。
「さなえをちゃんと心から愛してなかった。そのことに気づくまで、三年かかりました。進路を決める大事な時期に、俺はさなえにはっきりと愛していなかったと伝えました。そして、これからも愛すことはできないと。さなえは笑ってこう言いました。『いつか、心から愛せる人が現れるといいね』と」
……果たしてそれは、さなえさんの本音だったんだろうか。
あたしには、さなえさんの心が少しも見えてこない。
「俺は親や親戚の反対を押し切って、半ば家出する形で佐々木先生から紹介された関西の大学に進学しました。ーー大学進学後、ほどなくして唯一連絡を取り合っていた天真から、電話がありました。ーーそれは、さなえが自殺をしたという連絡でした」
う、うそ。
じ、さつ?
あたしは、顔の血が一気にさあっと引いていくのを感じた。