お願いされちゃったよ
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と、お風呂が沸けたことを知らせる音が聞こえてくる。
「風呂場はこっちです」
宗旦狐はそれから何事もなかったかのように、振り返ってお風呂場に案内しようとする。
あたしは、大人しく着替えが入ったバッグを持ってついて行った。
シャンプーとかリンスとか、ドライヤーやバスタオルの場所の説明を淡々としたあと、
「全部、自由に使ってくれて結構です。それじゃ」
と言って、宗旦狐は直ぐに出て行った。
ここまできたら、入らないという選択肢はないですよねー。
あたしは息をついて服を脱いだ。
相当冷えてたのか、お風呂のお湯が物凄く熱く感じた。
茹で上がるかと思った。
……あたしは、なにをしているのだろうか。
確か、決別、するつもりだったんだよな?
敵陣に攻め込みに行ったら、お城にお招きされちゃったんだが。
罠か?油断させといてからの、トドメみたいな?
どうせトドメ刺されんなら、一思いに一気にやってほしいんだけど。
また、あたしのために使った水道代とか食費が無駄だったとか言われたりするんだろうか。
いやいや、あたしは宗旦狐に言われるがままお風呂に入ってるわけで、ちゃんと一度は断った。
あとで無駄だったとか言われたって、あたし別に悪くないもん。
あたしは悪くない。
あたしは悪くない。
そう自分に言い聞かせながら、入浴を済ませた。
お風呂から上がってバッグから寝巻きを取り出そうとしたところで、愕然とする。
ちゃんと寝巻きも下着も明日の洋服だって、忘れずに持ってきた。
ただ、一人でホテルに泊まる気まんまんだったから、その、寝巻きのデザインが……。
もふもふ素材の白黒牛柄のチュニックに、長ズボン。
チュニックのフードには牛の耳みたいなのが付いてる上、お尻の辺りに尻尾まで付いてる。
なんでよりによってこれにしたかなあ、過去のあたし!?
こんなん着てるとこ人に見せて許されんの、細くて可愛い子かロリショタまでだろうがよおお!!
しばらく素っ裸で過去の自分に憤りを覚える。
でも、着替えはこれしかないから、一分後には渋々着替えた。
ドライヤーで髪の毛乾かして、おずおずと部屋に戻る。
宗旦狐は台所でなにか作ってくれてた。
宗旦狐のエプロン姿、なんか新鮮。
イクメンパパっぽくてちょっと笑えた。
「あの、お先に入りました」
「もう直ぐできるので、座って待っててくだ……」
宗旦狐はおたま持ったまま振り返った。
でもって、あたしのこと見た瞬間、凝視してそのまま硬直し、挙句の果てにおたま落とした。
「ホテルに泊まるつもりだったんです!!ホテルって冷えるから、もふもふなの持って行こうと思ったらもふもふ素材の寝巻きがこれしかなくって!!……聞いてます?」
ゴン。
宗旦狐はまた壁に自分の額を打ちつけた。
打ちつけてから、
「……黙って、座ってください。お願いします」
と、こっちを見ずにソファの方を指差してこう言った。
お願いされちゃったよ。
どうしよう、見るに堪えなかったのかもしれない。
あたしはもう黙って言われるがまま、大人しくソファに座った。