おとなの言うことは、まちがってないだろうから
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確か、指切りを交わしてた最中だったと思う。
部屋の襖を開けて入って来た女性は、顔を真っ青にしてあたしのことを見てた。
それから、顔を醜く歪ませて、
「うちの子に触らないで!」
と、あたしの頰を平手打ちして突き飛ばした。
「母さん、やめてください!」
「憑き物家の穢れた子どものくせに!二度とこの子に近寄らないで!さっさと出て行きなさい!」
あたしはヒステリーを起こしながらそう叫ぶ女性を、頰を押さえながら眺めてた。
その瞬間、あたしの中の絶対的存在だった大人への信頼が音を立てて崩れた。
あのとき、女性の言葉がどういう意味だったのか、あたしにはわからなかった。
でも、女性の表情から、いいことを言われたわけじゃないことはわかった。
なんて、醜いんだろう。
なんて、浅ましいんだろう。
あたしも、いつかあんなふうになるんだろうか。
そう思うと、ぞっとした。
「母さん、この子はそんなんじゃ……」
と、弁明しようとする男の子。
幼かったあたしは、自分の足で立ち上がり精一杯の強がりでこう言った。
「あたしは、けがれてますーー」
このとき、あたしの言葉に二人は明らかに動揺してた。
「おとなの言うことは、まちがってないだろうから」
それから、あたしは一人で屋敷の外に戻り、更に親戚からこっぴどく怒られた。
この人たちは、おかしい。
怒鳴られながら、あたしはそう思ってた。
「なんてことをしてくれたんだ!月川家に恥をかかせて!」
親戚の中で、あたしの心配をしてる人は誰もいなかった。
親さえも、ひたすらあたしの頭を押さえつけて謝り続けてた。
大人って、汚い。
幼いあたしは、そう思いながらも子どもらしく泣きながら謝った。