指切り
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目の前には縁側があった。
縁側の奥の座敷では、中学生くらいの男の子が机に向かって勉強していた。
縁側に近づくと、その男の子は直ぐにあたしに気づいた。
そして、目を丸くしてあたしにこう言った。
「どこから来たの?」
「つまんないからね、遊びに来たの。お兄ちゃん、なるみと遊ぼ」
男の子は、困ったように笑ってた。
「俺は今日、誰にも会っちゃいけないんだ。お父さんとお母さんにそう言われててね」
「じゃあ、わからないように遊ぼう。なるみね、折り紙持ってるよ」
幼かったあたしは靴を脱ぎ、縁側をよじ登って部屋に進入した。
「なるみちゃんも、お父さんとお母さんに怒られるよ」
「へーき。パパとママは、いっつもなるみにおこってるから」
「怖くないの?」
「こわいけど、へーき。ーーお兄ちゃん、なんか作って。そしたら、すぐもどるから」
男の子は心底面倒そうな顔してたけど、手先は凄く器用だった。
ぴょんぴょんカエルとか鶴を、次々に折ってくれた。
「さあ、早くこれ持って帰りな。俺が怒られる」
「どうしてお兄ちゃんがおこられるの?なるみが入ったのに」
「それでも、怒られるんだ」
男の子は顔を歪めた。
その表情からは、男の子が辛い思いをしてると、幼いあたしでも読み取れた。
「お兄ちゃん、楽しくなさそう」
男の子は、はっとした顔をした。
「おおばあちゃまが、言ってたよ。人生は楽しまないとそん、なんだって。おおばあちゃま、しんじゃったけど、しんじゃう前に、楽しかったって言ってた。なるみ、よくわからないけど、それってすごいことなんだって」
「俺は……」
「おとなになったらね、わかるんだって。お兄ちゃん、おとなになったら、またなるみと会って遊んでくれる?」
親は子どもにとって絶対的な存在であり、決して逆らうことはできない。
だから、男の子もあたしも、いつか大人になれば、親から自由になれると思った。
そのときに会えば、きっと誰にも怒られたりしない。
そう、思った。
男の子も、そう思ったのかもしれない。
「うん……大人に、なったら」
と、初めて明るく笑った。
「ゆびきり!」
あたしは、自分の小指を男の子の小指に絡めた。