ずっと前にも実際にこんなことあった気がする
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「……さみい」
気づけば、もう一時間以上経ってた。
でも、一向に不審者すら、出て来る気配はない。
まるで、雲水になるための修行みたいだ。
雲水になろうという人たちは、寺の門前で極寒の中、修行の許可をもらえるまで一時間も二時間も立ちっぱなしで待たされるらしい。
中には、気絶する人もいるとか。
それに比べれば、こんなの大したことない。
「……へっくしょい」
うぅ、風邪引いたら呪ってやるぅ。
そんなこと思いながら両手を擦り合わせて、息を吐いた。
うわぁ、嘘でしょ息が白い。
ーーそういえば、ずっと前にも実際にこんなことあった気がする。
寒い中、外でずっと母と大きな屋敷の前で何かを待ってた。
ーー見て、あれが憑き物家の……。
ーーやだわ、憑き物家の人間が。穢らわしい。
ーーこの家の当主も、なにを考えてるのか。
門内にいる黒い服着た人たちは、門外にいるあたしやあたしの親戚たちを見て、ひそひそとこんなことを言った。
でも、あたしの親戚たちは、誰もなにも言わなかった。
ただ、下唇に噛み付いて、身体を震わせて、なにかに必死に耐えていた。
子どもだったあたしは、それがたいそう気に食わなかった。
言いたいことがあるなら、言い返せばいいのに、どうしてずっと黙ってるのかわからなかった。
門の向こう側からは、お経を読む声と木魚の音が聞こえてた。
そうだ、あの日。
おおばあ様のお葬式の日だった。
あたしはまだ四、五歳で、妹は生まれてなかったはず。
門内にいる人への嫌悪と、親戚に対する苛立ちと、立ちっぱなしの疲労が重なったあたしは、一人で抜け出して、屋敷の周りを歩いた。
屋敷の周辺は、当時のあたし三人分くらいの高さまである塀で囲われてて、まるで城壁のようだった。
あたしは、その向こう側が見てみたくて、偶然見つけた裏口から中に入った。