単身で敵陣に突撃
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吉田とのやりとりを終えて、再び頬杖ついて暇をどう潰そうか考える。
大旦那には……今日は会わなくていいかな。
どうせ後日報告するつもりだし。
暇潰しに編んでたマフラーも、昨日ようやく編み上がった。
完成したマフラーは、ラッピング袋に入れてある。
なんで、わざわざラッピング袋なんかに入れたんだろ。
今更、これを誰に渡すつもりなんだろ。
あたしは、もうあたしのことがよくわからなくなってた。
結局、前と同じように端末アプリのゲームをやって時間を潰してみた。
でも、なぜか前みたいに熱中できなくて、楽しいとは思えなかった。
ただ、敵を倒す作業やってるみたいな感じ。
飽きてはうたた寝して、またゲームしてはうたた寝。
そんなこと繰り返してるうちに、十七時を知らせる鐘が鳴る。
しゅーぎょーじかーん。
あたしは両頬を叩いて資料室を出た。
ーーいざ、出陣である。
十号館を出ようとしたところで、珍しく仏と鉢合わせた。
「月川さん、お疲れさま」
「お疲れさまです」
「なんか、これから敵陣に単身で突撃しに行くみたいな顔してるね」
うん、まあ、間違ってはいない。
ただ、その敵陣に敵はいないんだけどね。
「ちょっと、いろいろあって。もしかしたら、近々この仕事辞めるかもしれないんです」
「でも、就職先が決まったわけじゃなさそうだね」
はは、仏はなんでもわかっちゃうな。
「まあ、そう焦らないで、ゆっくり決めた方がいいよ。今の仕事が、精神的にくる仕事だってことは私もわかってるけど」
仏、優しい。
仏だけじゃない。
大旦那も、柳原先生も、枯野先生も、田中先生も、本当に優しくて素敵な人たちだ。
「……ほんとは、辞めたくないんですけどね」
「じゃあ、辞めなくてもいいんじゃない?」
と、仏は軽い口調でそんなことを言った。
「こんなこと、私が軽々しく言うのもあれだけどね。自分に素直に生きるのが、一番いいよ」
「でも、それは簡単なことじゃないですよね」
「そうだよ。だから、努力しなさい。自分に素直に生きていけるようにね」
仏はそれだけ言うと、「じゃあね」とあたしの肩を叩いて出て行った。
自分に素直に生きること、か。
おおばあ様みたいなことを仰る。
きっと、素直に生きられれば、楽しくも思えるんだろうな。
でも、今更もう後には引けないんだ。
あたしは、待ち合わせ場所の公園に向かった。