あんがとよ
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宗旦狐にメールを送ったあと、花村にもメールを送った。
月川なるみ:明日、花村の家に泊まることにしといてくんない?
花村七海:どうした?
月川なるみ:ちょっとね。また今度、会ったときに説明する。
花村七海:よくわかんないけど、いいよ。ちょうど明日、親も夜勤でいない日なんだよね。
月川なるみ:ありがたき。
一体、何時に帰れるんだろう。
いや、それはあたし次第なんだけど。
何時で諦めがつくかなあ。
あたしは随分の長さになったマフラー持って、親がいるであろうリビングに向かった。
リビングには、ビール缶片手にテレビを観てる父がいた。
母はまだ帰ってない。
「明日、花村の家泊まるわ」
「なんで?」
「遊びに」
「……へえ」
あたし、マフラーを父の首に無言で巻きつけてみる。
おお、いい感じ。
「絞殺する気か」
「ちげーよ、長さ確認してんの」
「あー、彼ぴっぴに?」
このおっさん、どこでそーゆー単語覚えてくんだろ。
うちの父と大旦那、五十三歳で同い年なんだけど、ほんとになんか、似てるような気がする。
雰囲気ってゆうか、オーラってゆうか。
「彼ぴっぴは偽装だったってママから聞いてないの?」
「聞いた」
知ってて言うか、この野郎。
「でも、好きなんだろ」
と、茶化される。
だから、好きじゃない。
というか、
「わかんない」
でも、前に進むために決別したいって思ってるあたり、そんな好きじゃないのかもしれない。
「あのさ、好きって、なんなんだろうか」
あたしの疑問に対し、父は大げさに眉を潜めた。
「お前、それが二十二の女の質問かよ」
うるせえよ。
こちとらどんだけ人間不信やってると思ってんだ。
「もう結構です」
あたしは父の首から、マフラーを外して部屋に戻ろうとする。
「恋愛感情は、人間のエゴだよ」
と、父があたしの背にこう言葉を投げかけた。
珍しく哲学的なことを仰る。
「周りになんと思われようが、相手が傷つこうが、自分が傷つこうが、一緒にいたいと思う。どうすることもできない。それが、恋愛感情だ。お前が思ってるような、綺麗なもんじゃない」
ふーん。
彼氏がいる友だちとかは、めっちゃ楽しそうにリア充してっけどなあ。
吉田も幸せそうだし。
というか、父だって母と恋愛したから結婚したわけじゃん。
「ママともそんな感じ?」
「恋愛と結婚は別もんだから。大昔のことは忘れたね。結婚は、理想と現実のギャップにどんだけ耐えられるかが勝負だ。俺は常日頃から、めちゃくちゃ耐えてる」
「そりゃママも一緒だろ」
てか、結婚ってなにとの勝負なんだよ。
「ま、お前もきっといつかわかる。いや……遅すぎじゃね?」
「うっせえ。ーーあんがとよ」
あたしはそう言ってリビングを出た。
いつか、ねえ。
ほんと、いつになることやら。