やってやろうじゃあないの
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「それもね、わたしは断ると思ってたのよ。でも、兄貴のやつ快諾しちゃって」
「お兄ちゃんがそうなったのに、なにか原因があるのかな」
ふん、まあ、突然あんな態度をとったのは見合いが原因かもしんないけど、逃亡までして逆らった家の言いなりになったのはよくわからんな。
聞けば聞くほど謎だわ。
「なんとなーく、予想はついてるけどね」
と、桜花さん。
顔が深刻そうだった。
「でも、それはわたしの口から語られるべきことじゃないわ。だ、か、ら……」
桜花さんは人差し指をあたしに向ける。
「なるみん、ちょっとした賭け、してみなあい?」
「賭け?」
「そ。明日、兄貴とどこかで待ち合わせるの。口実はなんでもいいわ。とにかく、明日ここに来てってメールするの」
「でも、明日はお見合いなんですよね?」
「そうよ。だから、賭けなのよ。お見合い蹴って、ちゃんと待ち合わせ場所に兄貴が来るかどうかっていうね。お見合い相手を取るか、なるみんを取るかの大勝負。どお?」
それってかなりリスク高くないか?
どう考えたって、親の顔もあるんだから、お見合い相手取るだろ。
ーーでも、もし、縁を切るための呼び出しだったら……どうだろう。
もう二度と、宗旦狐に関与しないための呼び出しなら。
あたしは、あたしが嫌いだった。
デブでブスで卑屈で可愛げなんて一欠片もない人間嫌い。
でも、そんなあたしでも、宗旦狐は好きだって言ってくれた。
どこがどう好きだったのか、あたしには理解できなかったけど、それでもあの言葉は多分嘘じゃなかったと思う。
あたしは、宗旦狐のせいで自分を嫌いになれなくなった。
宗旦狐が好きだと言ってくれたあたしをあたしが嫌いになったら、宗旦狐にあまりに失礼だから。
だから、今度は宗旦狐にちゃんと、はっきり嫌いだって言ってもらいたい。
また、自分を嫌いになれるように。
宗旦狐のことなんか考えたり、いちいち悩まなくてよかった、元のあたしに戻れるように。
「なるみさん、やりましょう!」
と、美月ちゃんがあたしの手を握った。
きっと、美月ちゃんはもっとなにかを期待してるのかもしれない。
でも、あたしは違った。
宗旦狐と決別するため。
元のあたしを取り戻すため。
ちゃんと、前に踏み出すため。
やってやろうじゃあないの。
「あたし、やります」