ご機嫌斜めかよ
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近くのコンビニでお昼買って、公園に向かう。
今日は天気もいいし、小さい子どもづれのお母さんたちが井戸端会議してた。
さあて、ベンチはいずこ……ん?
あのベンチで本読んでる人……うーん。
もしや……宗旦狐ではあるまいか?
いや、でも視力ほんとくそだからあてにならない。
あたし、そおっと横から近づいた。
うーん、あの黒縁眼鏡とあの鼻筋……どう見ても宗旦狐のようなーー
「不審者かと思いました」
一メートルくらい近づいたところで、男は本から目を離さずにこう言った。
あ、やっぱり宗旦狐か。
「……すみません。目が悪くて。もしかして朝倉先生かなあって」
「俺じゃなかったら、完全に不審者だと思われてましたよ」
……なんか、棘のある言い方だな。
ご機嫌斜めかよ。
宗旦狐は本をぱたんと閉じた。
あ、夏目漱石のこころだ。
読み直してたのかな。
「お隣、いいですか」
「どうぞ」
珍しく、宗旦狐はにこりとも笑わない。
冷たい表情をしてた。
まあ、別に嫌われたって気にしない。
あたしは図々しく宗旦狐の隣に座った。
「どうしてこんなところにいるんですか。平塚からここまではかなりあるでしょう」
「ここに来れば、先生とお話しできるかと思って」
「暇ですね」
宗旦狐のその言葉に、思わず舌打ちが出る。
「あんたに言われたくないです」
おめえの方がさんざんあたしのこと追い回してたんだろうがよ!
とまでは、命の恩人に言えなかった。