世は定めなきこそいみじけれ
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退院日には、喉も少し痛むけど普通に話せるようにはなってた。
結局、宗旦狐は一度も見舞いには来なかった。
正直、一番最初に花村と顔出すんじゃないかと思ったけど。
やっぱり、あたしの親に顔出すのがいやだったのかな。
母からは「巧さん、お見舞いに来たの?」とかしつこく聞かれたけど、そこは仕事に行ってる最中に来たってことにしといた。
まあ、巧さんはほんとに来たからね。
嘘ではない。
今日は、退院してから初めての大学出勤日だった。
渡辺先輩からは退院してからまだ一週間も経ってないから、ゆっくりしてもいいよって言われたんだけど、そうもいかない。
休んでてもお金は入ってこないのだから……!
でもって、今日は木曜だ。
木曜は、非常勤講師が出勤してくる。
行かないわけには、いかなかった。
ということで、大学。
十号館に行く途中に、ちょうど黄昏館があった場所がある。
テレビで観たとおり、黄昏館があった辺りは真っ黒焦げで、立ち入り禁止テープが張られてた。
あーあ、あの建物とフランス庭園、好きだったのになあ。
でも、これも諸行無常か。
世は定めなきこそいみじけれ。
そう思いながら、あたしは焼け野原を背にして十号館に向かった。
今の時間、ちょうど宗旦狐は授業中だ。
終わった後に非常勤講師控え室に行ってみよ。