笑ってくれさえすればそれでよかった
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大旦那があんなふうに怒るなんて、思ってもみなかった。
宗旦狐に、なんて声をかけてあげたらよかったんだろう。
そんなことばっか考えてる間に、終業時間になった。
暗い道を一人でとぼとぼ歩いてる間も、頭にあるのは疑問だった。
大旦那の言ってた、「娘も殺す気か」って言葉と、宗旦狐が言ってた「善良じゃない」って言葉。
あれって、どういう意味だったんだろう。
考えても考えても、疑問の渦に巻き込まれてく。
家に帰ると、妹がキャラクターの絵が描かれたフェイスパックをしてた。
「お帰りー。見てー、友だちからもらったの。可愛いでしょー」
本人は至って気に入ってる様子だけど、相当笑える。
「いつも以上に笑える顔してんぞ」
「姉ちゃんの分もあるよ。はい、狸の」
そう言って、妹が狸の顔がプリントされたパックを渡してきた。
一先ず風呂に入った。
それから、妹に急かされて狸のフェイスパックをしてみる。
「あっはっはっ、ぶっさいく!!」
妹はそう言って腹抱えて笑った。
確かに、鏡に映ってたのは凄まじく奇妙な顔だった。
どこぞの妖怪かと思った。
……あ、いいこと思いついた。
「ねえ、これ、写真撮って」
「いいけど、誰かにその顔見せんの?恥さらしもいいとこだよ?」
妹はまだ涙を浮かべながら腹抱えて笑ってる。
失礼かよ。
「いいから、早く撮って」
「はいはい。ーーはい、チーズ」
妹に撮ってもらった写真見て、自分でもまた吹き出す。
うん、くっそぶっさいく。
その写真を、あたしは宗旦狐に送りつけた。
「誰に送ったの?」
「あさ……巧さん」
「はあ!?なにやってんの!?そんなことしたら嫌われるかもしんないじゃん!」
別にいい。
こんな顔で、笑ってくれさえすればそれでよかった。
「よおし、夕飯作んぞ」
「え、その顔で?やめて腹筋崩壊する」
今日はなににしようかなー。