無力……
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ーーバシッ。
肌と肌がぶつかる音。
あたしはそっと大旦那の方を見た。
そこには、大旦那の手を自分の手で防ぐ宗旦狐がいた。
「殴る相手が違いませんか」
宗旦狐は、そう言って大旦那の手を払った。
大旦那は、我に返ったように目を見開いて止まる。
そんな大旦那をよそに、宗旦狐は美月ちゃんに目線を合わせるようにして屈んだ。
「美月ちゃん。佐々木先生は美月ちゃんを心配してるんだ。だから、あんなこと二度と言うんじゃない」
「だって……!お兄ちゃんのこと悪く言うなんて、許せない!」
美月ちゃんは、泣いてた。
ぼろぼろぼろぼろ、宗旦狐にフラれたときみたいに、涙を零してた。
「俺は、なにを言われてもしょうがない人間なんだ。美月ちゃんが思ってるほど、善良じゃない。ごめんね」
「……行くぞ美月」
大旦那は、心底疲れ切ったような顔で美月ちゃんの腕を引っ張った。
「やだ!だって、お兄ちゃんはーーお兄ちゃんは、美月の家族だもん!」
その言葉を最後に、美月ちゃんは資料室から連れ出されてしまった。
あたしは、残された宗旦狐の背中に、なんて声をかけたらいいかわからなかった。
でも、なにか声をかけずにはいられない。
「あの……」
声をかけてみるも、少しも気の利いた言葉なんか出てこない。
言い淀んでると、宗旦狐の方が振り返ってこう言った。
「すみません。今日は、帰ります」
宗旦狐の笑みは、今まで見たこともないくらい悲しげだった。
宗旦狐はそのまま、ゆっくり資料室を出てってしまう。
あたしは、なにも声をかけてあげられなかった。