あ、編物しよう
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ーーその日から二日後。
朝、大学に出勤したときに十号館一階でちょうど大旦那と鉢合わせた。
「おはようございます」
あたしが声かけると、大旦那はあからさまに気まずそうな顔で挨拶を返した。
「あの、美月ちゃんは……」
「ああ、巧から聞いたよ。美月のこと助けてくれて、本当にありがとうね」
「あ、いえ。あの、美月ちゃん……」
「それじゃ、僕、授業の準備あるから」
そう言って、大旦那は足早に去って行った。
こりゃ、なんかあったな?
あたし、すかさず端末で宗旦狐に連絡入れる。
月川なるみ:大旦那の様子がおかしかったんですけど、美月ちゃんなにかあったんですか?
その連絡を入れてから、資料室に着くまでの数秒後には既に返事がきてた。
宗旦狐、返信めちゃくちゃ早いんだよね。
朝倉宗辰:刑事事件に発展しました。詳しいことは、後で。
刑事事件!?
嘘でしょ、美月ちゃん。
まさか、ボコされてお嫁に行けなくされたとか……?
……だめだめ!
こんな不吉なこと考えてちゃだめ!
あーでも大旦那の様子といい、いい予感これっぽっちもしない。
こういうときに限って宗旦狐は来るの遅いし。
いつもは開室十時ぴったりに来るのに。
「あ、編物しよう」
そうだ、一昨日から編み始めてんだよね。
これに集中して、いったん忘れよ。