三人称
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朝倉は北条の話を聞いて、なるみがWワークをしていたことを初めて知った。
朝倉がなるみの後を追おうとすると、
「朝倉先生」
と、北条から呼び止められた。
「僕は、あの子のことを大学一年生の頃から見てきました。あの子は今まで、一度も僕に愚痴を言ったことはありません。みんなが苦しんだ卒業課題も、一人だけ愚痴一つこぼさずこなしていました。でも、それは、彼女の卒業課題が楽だったからではないんです。むしろ、他の子よりも、もっと辛かったかもしれません」
朝倉は北条が、言わんとしていることはわかっていた。
朝倉は、無言で北条の言葉を聞く。
「あの子は、ああ見えて責任感の強い子です。在学中、ただ一人だけ教職と司書と司書教諭の資格を取得した上、前代未聞の卒業制作も書き上げました。ーーあの子はきっと、今の仕事を推薦した僕には、何も言わないでしょう。自分で選んだ道は、なにがなんでも突き進む子ですから」
そうだ。
あの子は、そういう子だ。
変に恩義を感じやすく、他人を頼ることを迷惑だと思い、自分から頼ることはしない。
まったく、損な性格をしてる。
朝倉はつくづくそう思った。
「朝倉先生。月川さんのことを、よろしくお願いしますね。あの子は、少しだけ自己犠牲的な部分もある。ちゃんと、見てやっててください」
「はい」
朝倉が頷くと、北条はにっこりと笑ってこう言った。
「吉報を、いつでも待ってますよ」