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これが、きっと幸せ
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手を洗って、母の手伝いをする。
母に、車の中で見た中年男のことを話そうかと思った。
「あのさ……」
ここまで言いかけたところで、思いとどまる。
なんでもない、普通の日常。
父母がいて、妹がいて、愛犬がいる。
父が買ってくれた新築の一軒家に、家族みんなで暮らしてる。
これがきっと、幸せというんだと思う。
わざわざ、その幸せを壊すようなことを言うのは気が引けた。
「なによ」
「図書館勤務、終わったよ。また次の仕事探さなきゃなあ」
「そうね。それか、もういっそ結婚でもしちゃえば?」
「無茶言わんでくれ」
ーーそう、今が幸せだから、それでいいんだ。