序幕
ぐん……と、急に体が重くなった気がした。
「んん……」
でも目の前はまだ暗いままで、頭もなんだかはっきりとしない。
「――ろ!」
「ん……っ」
さっきみたいに声が聞こえてくる。だけどその声はさっきとは違う感じがする。
「―い! ――ろ!」
また誰かの声が聞こえて来た。暖かさの欠片も無い粗雑な声。
「んもぅ……うるさいなぁ……」
「うるさいなぁとは……いい度胸だな?」
「ふぇ?」
ぼんやりとした頭のままで顔を上げると、ちゃんと目の前は明るくなった。
「なんだぁ、ちゃんとしてるじゃないですかぁ~」
スパァンッ!
「あ痛っ!」
頭に鈍い衝撃、どうやら目の前の人に頭を叩かれたみたい。
「ったく、授業中に爆睡するか? しかも寝言付きとは……まったく、呆れてものも言えん」
「何も叩かなくても……」
「文句だけ一人前にブーたれんな、ほら授業再開すっぞ」
部屋の中からクスクスと笑い声が上がる。頭の痛みが引いて行くのと共に意識が段々と覚醒して来て、ここが教室であることと、頭を叩いたのは先生だということを認識した。そして現実に引き戻されて、自分が豪快な居眠りしていた事を私は少し恥ずかしく思った。
うーん……なんかやけにリアルな夢だったなー。
今さっきまで見ていた夢の事を考えながら、目覚めた時に落ちた教科書を拾う。そういえば眩しいから教科書を頭に被せて光を遮ってたんだっけ。
「りんちゃんりんちゃん」
後ろから背中をツンツンとつつかれながら名前を呼ばれた。
「りんちゃんお疲れ? すごくスヤスヤ寝てたよ〜?」
「うーん、ちょっとね。ねぇ葵ちゃん、私そんなに寝ちゃってた?」
「それはもう、こうスヤァって気持ち良さそうに〜。あ、でも何か途中苦しそうにもしてたよ? 大丈夫?」
「だいじょぶだいじょぶーありがとね」
私に声をかけてきたのは後ろの席の伊藤 葵ちゃん。中学校からの友達で、よく一緒に遊んだりする仲良しさん。
「今日もお空は蒼いねぇ」
「そうだねーこんな日は外で日向ぼっこでもしたいね〜」
「そうだねぇ」
「おーい天都、私語は慎めー。次喋ったら宿題倍な」
「うぇ。すみませーん」
空は綺麗な青空で、校庭からは体育の授業を受けている学生の声が聞こえてくる。
ここは市立平坂高等学校。この街、平坂市平坂町にある公立高校で、そこそこの学力とそこそこ自由な校風でそこそこ人気のある―――まぁ平凡な高校。
特に特徴があるわけでもないけれど、学校の敷地内に桃の木があるのが少し珍しいぐらい。あ、あと制服がちょっと可愛いかな?
平坂町自体はそれほど大きい街って訳でも無く、都心へは電車で30分ぐらい必要で、とりたてて交通の便が悪いって事でもない。可愛い服を売ってるお店は立ち並んでいないけど、住むには全然困らない、そんな街。
さっき呼ばれた天都ってのは私の苗字で、本名は天都 飛凛。
うちの家、天都家は先祖代々ずっとこの平坂町に住んでるらしい。らしいってのはお祖母ちゃんから何となく聞いただけで、詳しい話はまだあんまり教えて貰ってないんだけれど―――。
キーンコーンカーンコーン……。
「あー終わった終わった。はい、じゃあ今日はここまで。しっかりノートとっとけよー。ノートとっときゃテストなんざ、なんとかなるんだからなー」
先生は物凄く気だるそうな声でそう言うと教室を出て行った。教師があんなのでいいのか?
先生が出て行くと同時に教室がワッと騒がしくなり、皆帰る用意をしながら楽しく会話をしている。
「ねぇりんちゃん、今日どっか行く〜?」
「うーん、どうしよっかなー行きたいけどなー」
「ケーキでも食べる〜?」
「いやぁ、もう今月は既にそこそこお財布が軽いんだよね~」
「じゃあ駅前のサンモールのフードコートなんてどう〜?」
「あははっ、いつも通り味気ないね。オッケー行こっか!」
「おっけ~」