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禍祓日霊  作者: 舞端有人
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第拾肆之幕

「いいかい? しっかりと聞いておくんだよ」


 昨日、神域が張られていた部屋の中には私とお祖母ちゃんとヤタが居て、机の上には何冊かの古そうな本とボロボロの巻物が置かれていた。本の背表紙には私には到底読めそうもない達筆なミミズが書かれていて、どんな内容なのか全く想像もつかない。只、どっちも持ち上げた瞬間に崩れ落ちてしまいそうな程古いようで、とても貴重なものなんだろうって事だけは分かった。


「えーと、とりあえず一応聞いておくけど、授業を抜け出す程重要だってことなんだよね?」


 正直な話、私がそもそも話を聞いていればこうはならなかった訳だろうし、私の所為ではあると思うんだけど、それでも授業を抜け出さないといけないぐらい差し迫った緊迫感は感じないだけに、どうにも腑に落ちない。

 そりゃ昨日力が暴走して、それをお祖母ちゃんに沈めて貰ったばっかりだけどさ、そんなに直ぐ再発するとも思えないし、何よりも現状として私が差し迫った感覚を感じていない。

 でも、やっぱりあの声が原因なのかな……。


「うむ。今後のお主の生死に関わる話じゃからな。早く話をしておかねばならぬ」


……いや、今さらっと私の生死に関わるって言ったよね? 何そんな重要な事を今まで先延ばしに……。いや、私の所為か。


「うちの家業は禍を祓う事。それを長年続けて来て飛凛で130代目にあたる。それは分かっているね?」


 流石に家業の話をほとんど聞いていないとは言え、それぐらいの事は知ってる。初代がココに住居を構えたことも、ずっと長い間禍が現れている事も知ってる。でも、具体的に何で禍を祓っているのか、禍が元々居る世界の事も、そもそもこの力は何なのかは、ほとんど知らない。


「アタシ達のこの力はね、初代当主であるご先祖様が授かった力で、代々それを継承しているのさ。そしてその力は太陽を元にしているの。アタシ達は皆『日の力』って呼んでいるのだけどね」

「日の力……。ってことは夜の方が不利なんじゃないの?」


 太陽の力だっていうのに、太陽の出ていない時間に活動しているなんて凄い矛盾している気がするんだけど……。


「左様。無論、日が出ておる時の方が力は強まるが、日の力とは太陽を元にしているだけで、生みだされるのは日の力を使う本人からなのじゃ。禍を祓う上で大きな差は生じんよ。今までに夜じゃからとて力が使えなかったこともあるまい?」


 確かに。今の今まで夜だからって力が使えなかったことも無いし、力を使う時のイメージも体の中から、特に胸の辺りからじんわりと広がっていくような感覚だった。後はそれを手の平に集中させて弓を作るって感じだったし。


「だけど、私達の力は年を経るごとに代々弱くなっているんだよ。今の私達の力はご先祖様の足元にも及ばないだろうねぇ」

「ほんとに? お母さんとかお祖母ちゃんの力って私から見ても結構強いと思うのに」


 今の私は、お母さんやお祖母ちゃんの足元に及んでたら良いなってレベルだけど、そのお母さんやお祖母ちゃんでさえも足元に及ばないってなると全く想像がつかない。

 お母さんは禍とかを探知する力が劣っているんだけど(私からしてみれば劣ってるとか思えないけど)この前の禍祓いの時みたいに光の竜を作り出す芸当もやってのけるし、お祖母ちゃんはお母さんとは裏腹に探知する力に長けている。私達のこの日の力? はその人に適した使い方があるらしくて、私はまだどんな使い方が適しているのかさえ分かっていない状況。


「日の力の減退について色々と理由はあるが、一つは単純に血が薄まっているという事じゃな。比較的近親の者との交いで、ある程度血の濃さを維持はしておるが……それでも130代目ともなれば初代に比べその血は薄い。血の濃さは力にもそれなりに影響を及ぼしてしまうからの。まぁこればかりは仕方の無い事じゃ。無論、それを補う為の事もしてはいるがの」

「じゃあ他の理由は?」


 私がそう聞くと、二人の顔が少し険しくなった。ここからが本題なんだろう、部屋の中に何とも言えない空気が漂う。

 ヤタが少し重苦しい雰囲気を醸し出しながら、神妙な面持ちで口を開いた。


「……ここ数百年で、徐々に禍の気配が強まりつつある。儂が主らに付いて禍祓いに出向いて感じたことじゃから間違いはない。数百年前よりも今は強い禍が多い。幸いにも日華の様な、戦いに長けた者が居たから良かったもの、この先その役割を担わなくてはならぬようになるのはのは飛凛、お主自身なのじゃ」

「まだ日の力を上手く使いこなせないで、何に長けているかも分からない現状、このままではアンタは死んでしまうかもしれない。という事だよ。それに日の力が目覚めたとしても、その日の力が戦いに適さなかった場合、それもそれで問題だからね」


 今までの『禍祓い』というもの自体が現実味の無い話だったし、今のこの話だって何となく信じられない。だけど、この前の禍祓いの時は強い禍に歯が立たなかったし、お母さんに助けられている事とか、力が使えなくなってしまったことが、「死んでしまうかもしれない」という言葉に現実味を持たせてくる。

 それでも、何となく信じられない。


「何とかならないの?」

「うーん、現状では何とも言えないね……正直何故禍の力が強まっているかも分かっていないし、今はまだ街を守れているけれど、それもいつまで持つのか」


 話を聞けば聞くほど深刻な状態だったことに気付かされていく。そして自分も守られていたことに気付かされる。今日まで話をろくに聞いてこなかった自分が恥ずかしい。


「じゃあせめて、直ぐに強くなれる方法とかは?」

「無いね」


 お祖母ちゃんが冷たくあしらう。それもそうだよね……ずっとサボって来たわけじゃないけれど、強くなる努力を怠って来たのに急に強くなろうなんて、そんな都合のいい話があっちゃならないもんね。


「……」

「でも――」

「飛凛!」


 お祖母ちゃんが何か言おうとしたのを、ヤタが大きな声で被せてきた。

「今は日の力を信じろ。としか言えぬな。安心せい、日華と共に禍祓いに励めばじきに目覚めるじゃろう」


 ヤタがとても自信に満ちた声で答える。いつも私が毛嫌いしているときのヤタとは違って、とても威厳に溢れた声だった。そしてその言い方には無理矢理言い聞かせている様な、強引に納得させようとしている様な、そしてほんの少し怒気を含んでいるような雰囲気も感じた。

 だからなのだろう、私は何となくこのヤタの言い方に何処か違和感を感じた。お祖母ちゃんの声を遮ったのも何でだろう? 何か私に聞かせてはいけない事だったんだろうか……。


「まぁ、精進する他あるまいて。良いか飛凛、日は常にお主と共にあるのじゃ。それを忘れてはならぬぞ。力が無くとも、信じる事は出来る」

「……分かった」

「じゃあ宿題としてここにある書物全てを呼んでおくこと。勿論見るだけじゃなくて内容まで理解するんじゃぞ?」

「うえぇぇ」

「文句を言わないの。とりあえずそれを持って部屋に帰りな」


 国語は数学や理科に比べれば嫌いじゃないけれど、古典はそんなに得意でも無いんだけどなー。まぁ、仕方ないか。でも、そもそもとしてこんなミミズが私に読めるんだろうか?

 私は机の上に置かれていた巻物と書物を纏めて、両手で持って部屋を出る。


「はぁ……」


 部屋の中で園陽が深い溜息をつく。そしてそのままヤタの方を向いて頭を垂れた。

「ヤタ様、すみませんでした。つい、もうすぐ()()が訪れるかも知れないと口走りそうになってしまって……」

「いいや、己が孫に甘くなる気持ちも分かる。じゃが、それでは本人の為にならんからの」

「でも本当にこれだけで良かったのでしょうか?」


 園陽がヤタの方に身体を向けて真剣な顔で聞く。ヤタはそんな園陽の姿を横目で捉えながら、何処か遠いところを見ているような、柔和でありながらもスッと細く鋭い眼差しで答える。


「努力をする切っ掛けを与えるのも、年長者がしてやれる事の一つじゃよ。それに、努力しなければ恐らく平和ボケしたままであろうよ」

「出来れば平和ボケさせたやりたいものですけれどね」

「ああ、じゃが儂らにそれは許されん。生まれは選べぬからの、ここに生まれたが故の定めじゃ。それに、もしかすると……」

「これからもっと激しくなる、ですか?」


 園陽の手に力が籠る。ヤタの顔からは優しげな雰囲気が消え失せ、険しい顔に変わった。


「んむ。そうなるじゃろう。じゃが、実際の所どうなるかは儂にも分からん。過去にも似たような事があったがの」

「その時は今の飛凛みたいな方がいらっしゃったのですか?」

「ああ、飛凛が聞いたのと同じように()()()の声を聞いておったわ。尤も、その時は直接御姿を御見せになられる程の力が残っておったからの……。今じゃ夢の中に出てくる事が精一杯のようじゃ」


 残念そうな顔で頭を振りながら俯くヤタ。園陽も少し残念そうな顔をしているが、ヤタ程には()()()なる誰かの事をよく知らないからであろうか、ヤタの残念そうな顔とは少し違った意味な様に見えた。


「私の時はこんな事ありませんでしたから、やはりこれから先の事に対する警鐘という事ですか?」

「そうじゃな。考えたくない事が考えざるを得ない状況になってしまった、という訳じゃ。今までも似たような状況で、主ら一族と禍との壮絶な戦いになっておったよ。そこから暫くは落ち着いた状態ではあったんじゃがの……」


 何千、何百年と生きてきた間の長い長い記憶。ヤタにとってはそれは遠い昔の事なのだろうか、或いは昨日の事の様に感じているのだろうか。ただ、ヤタの言葉使いから分かる事は、今までよりも今回は危いかも知れない、という事だった。

 園陽もそれを感じ取った様で、部屋の中にまた少し沈黙が訪れた。


「……しかし、あの子にはどこまでの事を教えてやれば良いのか」

「今はまだ教えずとも良い、あやつの日の力が目覚めるまではの。他の事を考えさせてしまうと深く思い悩んでしまう繊細な子じゃ。今はこれで良いんじゃよ。後はあやつを信じてやればよい」

「信じる力……ですか」

「そうじゃ。出来る限りの補助はしてやれば良い。しかし、最終的にはあやつ自身にかかっておるからの、儂らはしっかりとあやつの事を信じてやる他なかろうよ」


 部屋の中には、一羽の鴉の重みのある言葉だけが広がっていた。


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