巣立ち(改)
それからの俺の生活は、
昼間は、病院へ行き、夜はコンビニで過ごす日々だった。
病院の中には、入らないが、夜間出入り口付近には、気晴らしのため、
外に出てくる患者さんと呼ばれる人達を観察。
俺は、ニート君がここに出てくるんじゃないかと、待ってる。
夜は、コンビニの裏で寝てる。
コンビニの店員さんに、見つかった時は、あせった。
追い払われるかと思ったら、物陰に、寝床用に、タオルを入れたダンボールを
置いてくれた。そこで寝る事が出来た。
コンビニに来る客に、うるさがられないように、控えめに、でも辛抱強く
エサがあたるのを、俺は待った。
店に来る人は忙しい人が多いのか、俺には無関心な人が圧倒的に多い。
寝床を作ってくれた店員さんが、ときどき、エサをくれる。
すごく硬くて食べるとカリカリと音がする。まあそこそこおいしい。
これを食べると、ノドが乾くんだけど。
病院出口とはいえ、ずっといるわけにもいかないだろう。
そのうち、見つかって警備員たちがやってくる危険もあるんだ。
俺は いつでも逃げられる姿勢でいた。
1週間、そんな生活が続いたある日。俺はついにニート君を見つけた。
その時、俺は、いつもの出入り口の斜め向かいの小屋の側にいたんだ。
すぐに、そばに行こうとしたけど、あれ?って違和感を感じた。
ニート君の雰囲気が変わってる。
ニート君は、車のついたイスに乗ってる。同じくらいの年の女の子が
後ろにいて、二人は楽しそうに話してる。
話す口調も雰囲気も、前と全然ちがってたけど、あれはニート君だ。
今は、女の子を口説き中かな。
浜辺でゴロゴロしてる時の事を考えると、ずいぶん変わった。
「俺さ、事故の事、その前後の記憶がないんだ。それどころか、
それ以前の記憶すら曖昧なんだ。
医者が言うには、事故のショックによる一時的な健忘症だろうって。
精神科の先生は、思い出せないなら、そのままのほうがいいってさ」
「記憶が欠けてると不安じゃないの?」
「それがどうも、おばさんの話によると、具合が悪くて起き上がれない事も多かったらしいんだ。それも鬱の症状だって。」
「でも、元気そうじゃん。高校の時と雰囲気同じだよ。健一君」
「いや、少し良くなった鬱病患者で怪我人。それでも、今のほうが
まだましな生活なんだ。
前の事を思い出せないって事は、きっとそういう事なんだ」
俺が聞いてわかる言葉は、なかった。”チャトラ”って名前も出てこなかった。
俺はさりげなく、目にはいる処を歩いた。声はかけてもらえないどころか、
見てももらえなかった。
俺は、もう用なし、いや、もう俺が心配する必要がないくらい、
彼は元気になった。
だから、俺は彼の所には戻らない事にした。
それに、俺の事を忘れてるようだった。
俺を見て、つらい事や事故の事を思い出すかもしれない。それは可哀想だ。
喜ばしい事でもあるんだ。ニーニー甘えてた子が、女猫を口説くまで大人に
なったようなもんだ。
俺は、苦労してここまで来たけど、もういいんだ。
トボトボとコンビニ裏の寝床まで戻る。
思い返すと、俺は彼の元気そうな顔を見たとき、涙がでるほどホっとして、
うれしかった。
それだけでいいじゃないか。
俺はこれから先の事を考よう。
敦子おばちゃんか、ばあちゃんちへ行くか・・
ここでは冬は こせない。
ダンボールの寝床でくるまって考えてる時、突然、店のほうから
「ママ んま、まま」と子猫、それも赤ん坊の声が聞こえた。
 




