いやな予感(改)
それから、俺とニート君の同居生活が始まった。
俺は、あまり遠くに出歩かなくなった。見回りも小屋が見える範囲まで。
通りは、魚のニオイで一杯。家のそばには、網のようなものや、ガラス球が転がってた。
犬はつながれてる。家の中から吠え立ててくるのもいる。
猫は、窓辺にいるのを、たまに見かけるぐらいだ。
(いや、夜、出歩いてるのかもしれないが。)
俺は 夜は出歩かなくなった。外に出たくてウズウズする気持ちもあるが、
心配でニート君から、目が離せないんだ。
ニート君、見張ってないと夕食も手をつけない事がある。
俺が、”食べなきゃ死ぬぞ!”って 脅かすんだけど、苦笑いしてほんの少し食べるだけ。
寝てるかと思ってると、一晩中起きてる時もある。
昼も夜も、布団に入ったままの時もある。
頭が重くて起き上がれないらしい。眠りたいのに眠れないって言っていた。
睡眠不足のせいかな。頭が重いのは。
それでも、俺がきてから少しづつ元気になってきたように思える。
彼のメシ食べ方と、目でわかる。目がツヤツヤだ。
夏の終わりぐらいには、彼は寝込む日も少なくなり、一緒に浜辺を散歩したり
昼寝したり。そして、いつも
”ウツってのがいかにつらいか”
”自分がなぜダメ人間になったのか”から、”ここの海のカレイは性格悪い”まで、
悩み事も、思いついた事もなんでも 俺相手に喋る。
ふんふん と俺は聞いてるだけ(意味は難しくてあまりわからない)
それでも、ニート君から”聞いてくれてありがとう”って感謝される。
ネズミを追い散らすだけじゃなく、”人間の話を聞く”って仕事も出来たんだな。
夏も終わりに近いある日、
午後になって、ニート君とおじさん、おばさんが町に買い物に出るという。
「チャトラ、留守番しててな」って、ニート君が車に乗り込んだ時、
俺は、体がザワザワつき、ひどくイヤな予感がした。だめだ、街へ行ってはだめ。
さかんに訴えたが、わかってもらえず、俺は 決死の覚悟で自動車に乗り込んだ。
おばさんが座ってる助手席のあたりが、暗い影に囲まれてる。
おい、誰もあの影が見えないのか?
俺は助手席に移り、大声で訴えたけど
「あらあら、助手席がいいのね」と、おばさんは後ろの席に行った。
運転するおじさんは、あきれ顔だ。「わがままなヤツだ」
3人は楽しそうに笑ってる。ニート君が笑うのは嬉しいけど、今はそれどころじゃない。
今日は町に出かけては、いけないんだ。
3人にもう一度訴えかけようとしたところ、視界が急に暗くなった。
そのあと、何かにぶつかったような衝撃。音。
後は、よくわからない。車の天井が下。床が上に。ひっくり返ったんだ。
俺は、いつのまにか後ろの席にいた。助手席には、木が倒れてる。
「チャトラ、チャトラ。ああよかった。無事だったんだね。お前が言ってたのは
この事だったのかな。わからなくてごめん。」
ニート君は、動けないようだった。頭からは血が出てる。
俺は、あわてて舐めた。血の味が口の中に広がった。
「チャトラ、ここは危ないから外に出ないと」
ささやくような小さな声で、話しかけると、ゆっくり目を閉じた。
おい!おい!頑張れ、死ぬんじゃない。誰か助けてくれ。
俺は、これ以上はないってくらい大声で叫んだ。




