【記念作品】死者が蠢かない世界で
キャラ崩壊がかなりあります
「こら、悠斗。起きなって」
俺は体を揺り動かされ、上体を起こす。
俺の目の前には、雨音が立っていた。
「せっかくの体育祭だし、楽しまないと」
「……めんどくさい」
「ぐちぐち言わずに起きる!」
雨音はそのまま教卓の上に立つと、教室中の生徒を眺めながら言った。
「というわけで、来週の水曜日に、体育祭がありまーす!みんな、出る種目を決めてね!一人二種目だから、二つとも全力でやれる奴を選ぶように!」
雨音は人をひっぱる能力があるなーと思う。
昔から、俺の手を引っ張っては、色々なところに連れ回した。
うん、物理的に引っ張るってことだ。
だが、もう一人は違う。
生徒会長兼クラス会長を勤め、容姿端麗、頭脳明晰そして性格もいいと、運動以外の何もかもが揃っている仁科麗香だ。
麗香は黒板にチョークで競技名を書いていく。
その字に見とれていると、いつのまにやら競技を決める段に入っていた。
俺は隣の席の琢磨に声をかける。
「琢磨、お前は何に出る?」
「んー、悠斗くんと一緒でいいかな」
「何にすっかなぁ…」
俺が頭を抱えると、急に教室の扉が開いて、山本先生が入ってきた。
山本先生は職人肌な感じの先生で、厳しいものの、面倒見がいいためか、生徒から慕われている。
「おい、お前ら。聞いてないのか?」
「え? 何がですか?」
クラス中が喧騒に包まれる
山本先生はそれを手を鳴らして静まらせると、ゆっくりと言った。
「今年は……合同体育祭だ!」
「ご、合同体育祭ぃ!?」
クラス中が再び喧騒に包まれ、今度はいくら手を叩いても静まらないと知った山本先生は、大声で怒鳴った。
「ええーい、やかましいっ!!宿題倍にするぞっ!」
その声で教室中が又静まった。
「今回の体育祭は、下井町優成学園との合同体育祭になる。競技に出るメンバーはこっちから選出するから、この時間は自習だ」
一方、優成学園
「合同体育祭ッスか!いいッスね!」
「大樹、わかってるな?」
「大丈夫ッスよ、和馬先輩!」
直後、二人の後頭部に回し蹴りが直撃し、壁まで吹っ飛ぶ。
巧がこれ以上喋らせるとろくなことがないと判断し、口止めしたのだ。
「さて、バカ二人は放っておくとしてだ」
「合同体育祭かー。楽しみだね、誠治くん!」
「…チッ、つまんねぇ」
「誠治くん、言葉を慎みたまえ。生徒会長であるこの私が許さんぞ」
「黙れよ、今期落選した癖に」
「な、なななな何を言うか!」
「やんのか?」
「望むところだ!」
また回し蹴りが炸裂し、二人が、大樹と和馬の上に折り重なるようにして倒れる。
「取り合えず、玉入れは僕かな?」
「パン食い競争は任せろ!」
怜と龍が口々に言う。
「久しぶりにお姉ちゃんに会えるー」
優衣も嬉しそうだ。
そして、その横で葉月が息を荒くする。
「うへへ…。このカメラで巧君の雄姿を……はあはあ」
カメラも回し蹴りで敢えなく吹っ飛び、四人の身体の上に破片が降り注いだ。
「あーーっ!私のカメラが!データがぁ!」
そんな姿を尻目に、美羽が聞く。
「この、お弁当対決という競技はなんなのですか?」
「私も気になっていました」
佑季も問う。
徹は立ち上がり、その問いに答えた。
「向こうの高校と、お弁当作りの上手さで勝負するんだ。味、具、色合い、全部入るからね」
「なら、私達に任せてくれ」
そう言ったのは小夜だった。
「こういうのは、男よりも女の方が向いている。それに、弁当も作り慣れてるしな」
純がこくっと頷く。
味はお墨付きと言うことのようだ。
「なら、私は保健係になるわ」
桜がそういい、すべての役が決まった。
そんなこんなで、両校の合同体育祭の準備は進められていくのであった…。
《選手宣誓》
そして、当日。
壇上には、この地区の区長をしている村下が立っていた。
「ぶっちゃけ、僕の気紛れで始まった合同体育祭だけど、楽しんでくれると嬉しいなー」
というような、身も蓋もない発言を散々述べた後、すみやかに壇上から降りていく。
ちなみに、その後に続いた尾西先生の弁舌は誰も耳を傾けていなかった。
久々の登場なのに…と聞こえたのは気のせいだろう。
山本先生が壇上に上がると、選手宣誓の段に入った。
「選手宣誓は、槙原悠斗と冴島徹の両名が行う!」
俺はなるたけ自信たっぷりに前に出て(後で琢磨に七面鳥みたいだったと言われた)、隣に立った徹の顔を見つめた。
(こいつ、澄ましてやがるな)
できる奴だ、とそう思った。
徹はこちらに笑顔を送ると、選手宣誓を読み上げ始めた。
「宣誓!僕たち下井町優成学園の選手全員と!」
「俺たちは!」
「互いの健闘を讃えあい!」
「高めあいながら!」
ここで、二人で目を合わせる。
二人で笑いあい、選手宣誓の紙を破りさる。
目を丸くする山本先生を見上げながら、高らかに宣言した。
『正々堂々潰し合うことを誓います!』
《一種目めの校旗リレー》
Side 悠斗
校旗リレーとは、学校の校旗をバトン代わりにして走るという競技である。
一見簡単そうに見えるが、旗が風の抵抗を受けて、かなり重くなるので、走りづらいことこの上ない。
倒せばいいと思うかもしれないが、校旗を45゜以下に下げてはいけないというルールがある。
だが、このメンバーなら勝てそうな気がしていた。
第一走者が自分、第二走者が大関、第三走者が琢磨、最終走者が雨音だ。
クラスでも一番早い奴を集めた。
隣に立っているのは自分よりはるかに背の高いラガーマンのような男だが、大丈夫だろう。
きっと。
ピストルが鳴り響き、走り出す。
「うおおおおおおおおおおおおおッ!!!トラァァァァァァァイイイ!!」
隣の男が校旗を規定すれすれまで倒し、猪突猛進の勢いで走り出す。
その姿は、まるで風車に突進するドン・キホーテのようだった。
「しまった!」
スタートダッシュで大きく差をつけられてしまった。
このまま抜かれっぱなしかと思ったとき、俺の耳にあの声が聞こえた。
「悠斗くん!頑張って!」
麗香の声だ。
「やってやらぁぁぁぁぁぁ!!!!」
足をフル回転させ、大関のところへ走る。
「は、化け物みたいなスピードッスよぉっ!?」
驚くラガーマンを尻目に、俺は大関に校旗を渡す。
Side 大関
このままなら楽勝だ。突っ切る!
あ、いや、しかし、ここで怪我をすれば、保健係の水咲の所に…。
悩みどころだな。
Side 和馬
ちっ、大樹め、抜かれやがった。
まあ、大丈夫さ。
この俺が華麗に前の男を抜いて、一位に返り咲く。
そして女の子にちやほやされるのだ。
ふぅーっはっはっはっは。
…あれ?前の男めちゃくちゃ早くないか?
Side 琢磨
さすが大関さん、速いなぁ。
これなら、向こうの方が少し位早くても勝てる。
…校旗ってこんなに重いんだ。
Side 巧
ここで負けるわけにはいかない。
葉月にビデオを撮られている以上、ここで醜態を晒せば、その映像で散々遊ばれることだろう。
ここは、本気で挑むしか、ない。
Side 琢磨
ん?足音……?
Side 巧
捉えた。
Side 琢磨
「まあ、まだまだ後ろだし大丈夫だよね」
Side 巧
「一体、何秒前の話をしている?」
Side 琢磨
そんな、いつの間に前に!?
くっ、雨音さんごめん!
Side 誠治
巧め、頑張りやがって。
俺も頑張らないといけなくなるだろうが。
仕方ねぇな、一肌脱いでやるよ。
見せてやる、コーナーリングのコナンと呼ばれた俺の実力をな!
Side 雨音
こりゃ、走っても追い付けないな。
だったら、飛び越すしかないよね?
Side 悠斗
雨音が飛んだ。
棒高跳びのように、飛んだ。
そのまま空中でくるくると回転すると、ゴールの前に着地し、悠々とゴールした。
相手の男は崩れ去った。
反則だろ。
かくして、校旗リレーもとい走り棒高跳びは悠斗達に軍配が上がった。
《玉入れ》
Side 琢磨
玉入れって確か女子の競技だったはずなのに…。
まあ、しかたないか。
えっと、玉はこれくらいの重さで、入れ物はあの位置にあるから…
「こうかな?」
Side 悠斗
琢磨が大量に抱えて投げた玉は、空中で一匹の竜のように連なり、そのまま入れ物の中に吸い込まれていった。
俺のクラスメイトは化け物か。
Side 徹
こっちにだって手はあるさ。
入れ物まで直接入れればいいんだから。
Side 大樹
入れ物の位置低いッスよ。
ちょっと飛んだだけで、直接入れられるッス。
ああ、美羽さん見ててくれてるッスかねぇ?
自分のこの雄姿を!
なにあの可愛い生き物。
Side 美羽
ぴょんぴょん、ぴょんぴょん。
うう、入らない……。
届かないよぉ…。
ぴょんぴょん
Side 和馬
なにあの可愛い生き物。
結果、26対25で悠斗達にまたもや軍配が上がった。
《医務室にて》
Side 馬鹿
「みなさーん、頑張ってくださいねー。……あれ、私ってどっちのチームを応援したらいいんでしょう?」
Side 桜
特にすることがないわね。
これはこれで楽かも。
Side 水咲
ああ、大関くんかっこいい…。
怪我してくれないかなー。
傷を優しく消毒して、二人の間に愛が…!
きゃー!
《棒倒し》
棒倒しとは、グラウンドの両端に棒を二本立て、自分達の棒が倒される前に、相手の棒を倒すという、超エキサイティングな種目である。
当然危険な競技であるため、怪我人が続出する。
そして、両陣営が位置についた。
ピストルが鳴り響くと同時に、男達が駆け出す。
Side モブ男子勢
麗香ちゃんにかっこいいところ見せたい!
Side 大関
出来る奴がいるな。
目付きが違う。
…どれ、手合わせ願おうかッ!
Side 巧
見つけた。
遂に、同類を。
血湧き肉踊るとはまさにこの事。
勝負だ。
Side 三木
大関が繰り出した右ストレートを巧がしゃがんで交わすと、その体勢から顎に掌底を当てようとする。
大関はすんでのところで交わして、足を横に凪ぎ、巧を後ろに下がらせる。
二人の目は猟犬のごとく輝き、口角はつり上がるのみだ。
「貴様、強いな。名をなんという?」
「藤堂巧だ。お前は?」
「大関陸夫だ」
「これが終わったら、また手合わせ願えるか?うちの部活のコーチをして欲しいくらいだ」
「いくらでもしてやるさ!」
大関が腹を目掛けて打ち込んだ蹴りは、巧が少し左手を下げたことにより防がれた。
だが、衝撃を殺しきれず、巧は横に吹っ飛ぶ。
「肋の五、六本は折れたかぁ!」
さらに追撃を試み、倒れている巧に拳を振り下ろす。
確かな感触、そして悲鳴。
勝利を確信した大関は、立ち上がり、そこで固まった。
「誰だ?こいつは」
違う人間が倒れていたのだ。
「俺が和馬と入れ替わった……。貴様に吹っ飛ばされた時点でな。そして、やれやれ何とか間に合ったぜ…」
「間に合った?」
大関が後ろを向くと、信じられない光景があった。
一斉に突っ込んでいったモブ男子勢が、敵チームの棒に薙ぎ倒されたのである。
棒を持っているのはラガーマンだ。
「どっせぇぇぇぇぇぇぇい!!!」
まるで野球バットのごとく軽々と振られるその棒は、残酷にモブ男子達をボールとして捉えた。
こうして、戦えるものが居なくなったため、下井町優成学園はあっさりと勝利を納めた。
《お弁当対決》
時刻は既に昼。
グラウンドの中央には審査席が置かれ、その審査員席を挟んで、等距離に二つの女集団がある。
これは戦争だ。
負けられない女の戦いだ。
Side 遼
んー、怜香ちゃんの手料理が食べられるなんて、幸せだなぁ。
Side 仁
特別ゲストと言われてきたが、まさか審査員とはな。
まあ、いつものコンビニ弁当よりも旨い弁当をただで食べられるなら、それはそれで役得か。
さて、いざ実食だな。
Side リク
出番って言われてきてみたら、審査員かぁ。
責任重大だぞ、頑張れ僕!
……ぶっちゃけ、愛梨さんのお弁当凄い酷い味だから、久々にまともなお弁当が食べれる。
はっ、殺気!?
Side 愛梨
リク、てめぇ余計なこと考えてやがるな。
Side 美紗&菜々
「ねぇねぇ菜々お姉ちゃん」
「なあに?」
「なんか、どっちのチームも凄い顔してるよ」
「美紗ちゃん、これは戦争なんだよ」
Side 成人
俺まだ風呂入ってねぇんだよなー。
自動車のオイルの匂いで弁当の匂いわかんねぇ。
あー、適当に点つけるか。
Side 三木
小夜が持ってきたのは、ちらし寿司弁当だ。
正確に切られた錦糸卵を散らし、いくらや漬けマグロなど、海の幸で彩られている、目にも美しい弁当であった。
次に麗香が持ってきたのは、所謂幕の内弁当のようなものだった。
恐らく白身魚の物と思われるフライと、エビフライをメインに、様々な具が弁当箱を彩る。
色合い、味共に満点だ。
これは甲乙付けがたい。
ん?この味噌汁は…。
アッー!
優成学園が大勝した。
いよいよ最後の競技となった。
ここまでの得点は同点。
つまり、この競技の勝者が、この体育祭を制するのである。
その競技は、総力リレーだ。
悠斗側
1.大関
2.水咲
3.琢磨
4.雨音
5.麗香
6.悠斗
優成学園側
1.誠治
2.真二
3.怜
4.優衣
5.佑季
6.徹
もう何度目かわからないピストルと同時に、大関が風のような速さで走り出した。
それに負けじと、誠治もスピードをあげる。
「さっきは反則みてぇな技で負けたがよ、今度は勝つぜ!」
コーナーを凄まじい速度で曲がり、ほぼ同時にバトンを渡す。
「きゃっ、大関さんからバトンもらっちゃった♪」
水咲が体をくねらせて喜んでいる間に、真二が悠々と走り去る。
「はーーっはっはっは!ここで人気を獲得して、次の生徒会選挙で、会長に返り咲いてやっぶべらっ!!!」
彼は空を舞った。
そして、そのまま空中を滑るように移動し、激しく地面にぶつかった。
そう、こけたのだ。
結果として、ほぼ同着でバトンを渡すこととなった。
第三レースは一方的になった。
長い手足を活かした怜が、琢磨よりも格段に早かったためである。
何事もなくバトンを渡した。
怜らしいと言えば怜らしい。
なぜなら、見せ場がないのだから。
優衣が歯を食い縛りながら走る。
「怜お兄ちゃんが渡してくれたバトンを繋げなきゃ!」
しかし、後ろから追いかけてくるのは、およそ人間とは思えないスピードで接近する彼女の姉だった。
「まてぃ、妹よぉぉぉ!!」
「きゃー!お姉ちゃんが某ロボットアニメの機体の暴走状態みたいになってる!」
雨音は四つん這いに近い体勢で疾走すると、優衣を追い抜いて、麗香にバトンを渡した。
僅かに差がついたものの、ほぼ同時にバトンが渡る。
しかし、この第五走者のレースは誰の目にも優しいレースとなった。
黒い髪を揺らしながら、一生懸命走る美女二人。
健康で健全な、青春のヒトコマであった。
そして最終レース。
「頑張って!悠斗君ッ!」
「まかせとけぇッ!」
「徹さん、貴方に託しました!」
「そこまでいわれたら、頑張るしかないじゃないかッ!」
二人が並走して走る。
誰もが声を枯らさんばかりの声援を送り、それに応えるように、両者のスピードも加速し続ける。
二人の目指す先は、ただ一つのゴール。
彼らは、同じ場所を目指して走った。
「俺がッ!」
「僕がッ!」
『勝つんだぁぁぁぁぁぁぁーーーーッ!!!』
結果は、引き分けだった。
同時に足を吊ったからである。
なんとも締まりの無い結果となったが、斯くして、合同体育祭は終わったのである…。
彼等も、もしかしたらこんな日常を送っていたのかもしれない。
これからもよろしくお願いします!