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短期連載になると思いますが、よろしくお願い致します。
私は毎月妻の月命日に、墓前に花を供えに行く。
妻の墓がある霊園は、高台の見晴らしが良い丘の上にあった。
風が吹くと木々の揺れる音が耳に心地良い。
緑に溢れ、春には桜、夏の向日葵、秋のコスモス、冬の椿と、目を楽しませてくれる。
妻の眠るこの地が美しい場所であることを、私は心から嬉しく思う。
今日も、まずはきれいに墓の周りを掃き清めた後、持参した花を活けた。
花は妻が好んだ白薔薇だった。
普通は墓には菊などの仏花を供えることが多いとは思うが、私はそれよりも妻の好んだ花を選びたかった。
その方が妻も喜んでくれると思うから。
妻は……、美也子は、そういう女性だったから。
妻の月命日。
月にたった一度の逢瀬。
それは妻が亡くなってから、欠かさずに巡ってくる私と美也子二人だけの何よりも大切で待ち遠しい日なのであった。
妻との出会いは、まだ私がほんの子供だった頃まで遡る。
私はこの世に生まれ出でてまだほんの十年しか経っていない子供であった。
まだ何にもわかっていない子供である。
しかし、その年頃にありがちな全能感をかつて私は持っていた。
そして、それに由来する漠然とした虚無感も。
私は、人から出来が良い、と褒められる子供であった。
そして、恵まれている子供だと。
実際にそうであったろうと思う。
見目の良い両親の下生を受けた私は、容姿においてコンプレックスを感じたことはない。
実家は資産家で裕福であったし、望むものは何でも与えられた。
物覚えも良い方で、一度聞いたことは忘れず、大学に上がるまでは試験の席次で自分の前に誰かがいた記憶がない。
スポーツも一番ではないが、何をしても上位のメンバーであっただろうと思う。
音楽も美術も、技術家庭も、すべて器用にこなせていた。
すべてが順調で、順風満帆で。
年を経れば経るほど、何かをすればするほど。
周囲の期待も要求も、それに比例して高くなっていった。
それに伴い私の気持ちは暗く沈んでいったのだ。
今思えば過度な期待によるプレッシャーを感じていたのだろう。
すべてが平均より上回る中、私の心は平均よりも弱かったのだと思う。
ただ、当時の私はそれに気がつかず、すべて順調に人生が進んでいくことによる虚無感に襲われているのだろうと思っていた。
今思えばずいぶんと思いあがった子供だったと思う。
すべてが順調であるなど、人の生にはあり得ないことなのだから。
将来妻となる美也子と出会ったのは、そんな頃のことであった。
私が小学四年の頃だった。
私は、心の重さそのままに、歩道橋の上から下の道路を走る車をただぼんやりと眺めていた。
誓って言う。
ただ、眺めていただけだったのだ。
その時、突然「駄目よ、そんなことしちゃ!」という声とともに体当たりするようにぶつかってきたのが、美也子であった。
「……!?」
後ろから勢いよくぶつかられ、バランスを崩した私は、危うく歩道橋の上からその下の道路へ転落するところであった。
しかし、それを防いだのも美也子であった。
美也子に腰を抱えられるように地面に引きずり下ろされた私は、バクバクする心臓の音を聞きながら、目の前で怒ったような顔をするその少女を見上げた。
「どんな理由があるのか知らないけど!」
美也子は両手をぎゅっと握りしめたまま叫ぶように言った。
「駄目! 絶対! 命を粗末にするようなことをしちゃ……!」
「……………………は?」
それが、私と美也子の初めての出会いであった。
次回もよろしくお願い致します。