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希望と絶望

重く張り詰めた空気が、大司祭祈祷の間を包み込む。

今日は特別部門結成の就任式。だが、公には非公開の為、式はここ祈祷の間で行われる事となっている。

ラドもこの場に足を踏み入れるのは二度目ではあるのだが、この荘厳たる雰囲気には、今後も慣れることはないだろう。


ウル、セリス、ジンの三人と同じく、横一列に整列し、姿勢を正して大司祭ナーゲルの登場を待つ。

横目で三人の様子を窺うと、ウルとジンはいつも通りといった余裕の表情であったが、セリスだけは緊張を堪えられないのか、今から笑いでも取ろうかと言わんばかりの変顔をしていた。


女神像の両手から溢れる流水の音だけが、その静寂さを物語る空間で待つこと十分少々、右奥の個室から大司祭ナーゲルがその姿を現した。

いかなる時でも威厳を崩さぬ立ち振る舞いは、頂点に立つ者の気質を感じさせる。祭壇へゆっくりと歩み寄り、ラド達を一瞥した後に壇上に登る。


「ラドクリフ・オーゲンス。ウルリリカ・エーテルハート。セリス・アルマティファ。ジン・フォルバート。以上四名は、これよりウンブラの書奪還部門、執行への配属を命じます。」


「ジン・フォルバート。執行への所属、謹んで拝命いたします。」


右片膝を地面につけ、膝に手を添えてこうべを垂れる。ジンに倣ってセリスが後に続く。


「セリス・アルマティファ。同じく、謹んで拝命いたします。」


ウルとラドもそれに続いて、表明を終える。


「………宜しい。では、誓いの言葉を。」


四人は利き腕を胸に当て、軽く拳を握る。


「貧しき者には救いの手、死者には哀悼の念、そして罪深き者には裁きと贖罪を。我々は、我々の誇りにかけてこれを受け入れる………。」


全員が声を揃えて、決意を胸に秘めて、誓いの言葉を締めくくる。大司祭ナーゲルは、四人の顔をじっと見つめて、満足そうに微笑んだ。


「では、これより執行部門の一員として恥じぬよう、心して努めて下さい。貴方方には期待していますよ。」


静か一礼して、胸に当てていた拳を下ろすと共に、揃って振り返り祈祷の間を後にする。が―――


「ラドクリフ。貴方は少し残ってもらえますか?」


大司祭ナーゲルからここに留まるよう命じられたラドは、仲間の背を見送ってから、再び大司祭ナーゲルへと向き直る。


「………ウルリリカとは何か話をしましたか?」


「お心遣いに感謝致します。おかげ様で、ウル………ウルリリカと七年ぶりに話をすることができました。」


「それは、貴方自身が切り開いた道です。私は、感謝されるようなことはしていませんよ。」


「大司祭様の仰っていた言葉の本質………ようやく、理解出来た気がします。」


大切な人を想い、強き信念を持つ………その心を。大司祭ナーゲルは無言で小さく頷く。


「今の彼女を支えてあげられるのは、きっと貴方だけです。今後も、ウルリリカを助けてあげて下さい。」


「勿論です。………ところで、一つお伺いしたのですが宜しいでしょうか?」


ラドには知りたいことがあった。ウルの能力リボルトについてだ。本人から聞いた話と、大司祭ナーゲルから聞いた話に相異があるのを不思議に思っていた。

どうぞ。と、許可を得たラドは自身の思いを口にする。すると、意外な返答が耳に届く。


「その件についてですが、私は貴方に謝罪しなければなりません。私はどうやら思い違いをしていたようです。」


軽く頭を下げて謝罪の意を示す大司祭ナーゲルに対して、ラドは慌てて制止する。


「も、申し訳ありません!!大司祭様ともあろう御方に、この様な………!どうか、自身の軽率な発言をお許し下さい。」


「いえ、良いのですラドクリフ。事実、私は思い違いをしていた事で、貴方に不必要な嫌悪感を与えてしまったのですから………。」


大司祭ナーゲルは聖典教会リベル・サーンクトゥスの最高指導者でありながら、人間を上か下かで見ず、必ず対等に接しようとする。

そんなナーゲルだからこそ、人民に敬愛されているのかも知れない。ラドがナーゲルを敬うのも、それが理由の一つだった。


「大司祭様………。」


だがしかし、こういった人間の厚意や善意を利用し、踏み躙る者も存在する………。

ウンブラの書を強奪し、ナーゲルの信頼を踏み躙った男、イヴァム・ジア・ラザード。奴は今何処で自分達を嘲笑っているのだろう――――――――








セントラルホームの偉観を一望できる山岳の頂上付近で、複数の男女の悲鳴が木霊する。

彼らは聖典教会リベル・サーンクトゥス内でも名の知れた実力者達なのだが、その剛の者達ですら蟻の様にあしらわれ、次々に屠られていく。もはやそれは戦いではなく、一方的な虐殺だった。


その殺戮の中心にいる人物………その男こそが、イヴァム・ジア・ラザードであった。

領家の人間を彷彿とさせる出で立ちに、人目を引く白銀の髪。全てを見下したかのような鋭く冷酷な目つきは、その狡猾さを際立たせていた。


「お………おのれ、悪魔め………!」


かろうじて息のあった大柄の男が、横たわりながらもイヴァムに憎しみの視線をぶつける。

しかし、イヴァムはこれを鼻で笑うと、男を足蹴にする。


「ぐおおっ………!!」


「おや、失礼。まだ息があったんだね。」


わざとらしく口元を弓なりに曲げて男を煽る。


「貴様はいずれ………天罰を受ける………私達の仲間が、お前を―――――――」


最後まで言い切る前に、イヴァムは男の喉に細剣を突き入れた。男は、吐血し絶命する。

死を確認した後、ゆっくりと細剣を引き抜いて血を払う。


「天罰?フフフ、実に滑稽だね。弱者の戯言は。いや………むしろ憐れだよ。自分達が踊らされているとも知らない………憐れな人形。」


「盟主よ、こちらの掃討は終了した。」


重く低い男の声と共に、長身の中年が姿を現した。

墨色の短髪、全身真っ黒のロングコートに身をやつし、少しこけた頬が厳格そうな顔つきをより印象深いものにしている男だ。


「ハンニバル、どうだった?」


「口惜しいな。我が渇きを満たす程の美酒は得られなかった。」


「だろうね。意思なき人形から、生き血は得られない。」


ハンニバルは小さく溜め息をつき、腕を組んで岩場に座り込んだ。


「拗ねないでくれ、ハンニバル。君を満たせる器がそういる訳がないだろう?」


イヴァムは、ハンニバルを高く評価していた。故にウンブラの書の力を分け与え、同士として迎え入れた。


「安心しなよ。あのセントラルホームには、きっと君の渇きを満たす器がいるはずだ。」


ハンニバルはセントラルホームの美しい情景を眺めて、薄ら笑いを浮かべた。


「だけど、ここから先は僕の言う事に従ってもらうよ?」


「無論だ。計画を遂行する為、盟主に服従を誓った身。このハンニバル、身命を捧げよう。」


絶対的な忠誠心。これこそが、イヴァムがハンニバルを高く評価している理由であった。

いかなる事態があろうとも、この男が離反する事はありえないだろう。


「おい、イヴァム。まだ生き残りのゴミがいたぞ。」


山陰から、煤だらけの少女を肩に担いだ青年が姿を現す。

茜色と山吹色の合わせ髪に、大司祭直属の護衛隊である「聖騎隊」の制服を身に纏い、右の頬には特徴的な刺青を入れていた。


「やあ、リオン。ご苦労様だったね。」


リオンと呼ばれた青年は返事をせず、代わりに担いでいた少女をイヴァムの前に放り投げた。

地面に叩きつけられた少女は、痛みのあまり叫びそうになるのを我慢して声を殺す。

見上げると、イヴァムの冷酷な目つきが少女の心を縛り付ける。


「あ、あぁ………!」


「さあ、どうしたんだい?祈らないのかい?君達聖典教会リベル・サーンクトゥスは、祈りを捧げれば神様とやらが助けてくれるんじゃないのかい?」


「う………うぅ、あぁ………。」


少女は理解していた。祈ったところで、助かるはずがないと。

だが、死を痛感しつつも祈らずにはいられなかった。少女は涙を流して空に祈りを捧げる。

その必死な姿に、イヴァムは満足そうな笑みをこぼした。


「フフフ………理解したかい?己が死に直面しようとも、神は救いの手など差し伸べてはくれない現実を。」


イヴァムは、躊躇する事なく少女の体を両断した。鈍い音を立てて、少女の遺体は転がり鮮血飛散する。その血飛沫を浴びながら、小さく礼をした。


「でも僕は、君のような意思を曲げない人間は好きだよ。その行動は、敬意を表するに値する。」


物言わぬ屍に、イヴァムは一人語る。その様子を見ていたリオンは、やれやれといった様子で目を伏せる。


「何が祈りだ、神様だよ。そんなまやかしの光に寄り縋って、愚鈍が過ぎる………。」


「いつの時代も、弱者は救いを求めるものだよ。リオン、かつては君も彼らの仲間だったじゃないか。」


「よせよ、イヴァム。俺をあんな腐りきったゴミの掃き溜めと一緒にしないでくれ。」


「フフフ………なら、未だ聖騎隊の制服を身に着けているのはどうしてだい?」


イヴァムの煽りにリオンの目の色が変わる。リオンにとってそれは、触れてはならない禁句だった。


「その辺にしとけよ………いくらお前でも、俺は容赦しないぞ………!!」


「これは失礼、少々遊びが過ぎたようだ。」


自信に満ちた笑みはそのままに、リオンに謝罪の意を込めて軽く手を振る。


「………ふん。」


納得いかなそうな顔を覗かせるも、そのまま黙って腕を組む。

リオンは若干性格に問題があるが嘘が嫌いで、自分自身の心にとても素直な男だ。力を分け与え同士に迎え入れたのも、その一途さを買っての事であった。


同士二人との会話もそこそこに、イヴァムは空間から一冊の書物を取り出す。その書物こそがウンブラであり、人の心を蝕む禁忌の魔書物である。

イヴァムは取り憑かれたかのように、宙に浮いた書に念じてその不可思議な力を発現させる。

すると、辺り一帯に積み上げられた屍の山から、魂に似たもやのようなものが複数浮き出てくる。

一瞬の閃光が走った後、そのもやはウンブラの書へと取り込まれた。


「イヴァム。こんなしょぼい奴らの力でも足しになるのか?」


「ああ、少しでも多くの贄が必要なんだ。まあ、優秀な贄に越したことはないけどね。」


イヴァムは、ウンブラの書と手に持っていた細剣を空間にしまって、崖からセントラルホームの夜景を眺める。

その美しい情景に見とれつつも、これから始まる惨劇の開幕に口元を歪ませた。


「さあ、序章の開幕だ………。僕を楽しませてくれ、ナーゲル。そして聖典教会リベル・サーンクトゥス………。」

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