垣間見えた心
突然のラドの帰還に、セリスは大きく目を見開いて驚いている様子であったが、待ちに待っていた救援に、ほっと溜め息をついて安堵していた。
「ラド君、戻ったの………!?」
「ええ、お待たせしました。状況は………概ね理解しています。後は僕に任せて、セリスさんは少しでも体力を回復していて下さい。」
「ごめん………お願い………。」
ラドの頼みを聞き入れたセリスは、力尽きたフリをしてその場に倒れた。周囲に敵影がないことを確認した後、ラドはジンとイヴァムの方へと疾走する。その姿に気が付いたイヴァムは、ジンから距離をとってラドの到着を出迎えるかのように両手を広げた。
「フフフ、ようやく来たねラドクリフ・オーゲンス。ジン、これが君の繋いだ『希望』と言う訳か。」
「ラド!?帰って来たのか………!」
「すみません、遅れましたジンさん。」
「その様子だと、どうやらリオンは敗れたようだね。僕の見積もり少々過大評価だったようだ。」
イヴァムは傷だらけになったラドの身体をまじまじと見つめ、残念そうにぼやく。リオンという人物単語にハッとしたジンは、ラドに問う。
「リオンと言えば、昔聖騎隊の一員だったあの………?」
「ええ。長年行方知れずと言う事になっていましたが、実際はイヴァムの下で計画に加担していたようでした。………でももう大丈夫です。長い夢から覚めたようでしたから。もう二度と、間違った道を歩むことはないと思います。」
「そうか、分かったよ。」
ジンはふっと笑みをこぼすと、どこか安心したように二対の細剣を構え直した。何となくだが、何故ジンが笑ったのかを、ラドは理解出来たような気がした。
「更生させたのかい?フフフ、熱心なことだ。」
「イヴァム、貴方の野望もここまでだ。これ以上好きにはさせない。」
「得意の策で僕を封じ込めるつもりかい?でも無駄だよ。僕はありとあらゆる戦術パターンを熟知している。無論、君よりね。」
「貴方が自らを絶対者と謳っているのに偽りはありません。なので、僕程度の考えた戦術が破られるのは、想定の範囲内です。………今から僕が見せるのは、それをも超える奇策です。」
「ほう、面白い。僕の舌を唸らせるモノであるのを願うよ。」
イヴァムは空間から無数の細剣を呼び出して指の間に挟み、ジンとラドに向けて飛ばす。ジンはそれらを払い落としつつ、目線だけをラドへ送り作戦の指示を待っている。しかし、イヴァムに向けて放った威勢はただのハッタリであり、ラドは作戦と呼べるほどの作戦を持ち合わせてはいなかった。
イヴァムを攻略する唯一の方法は、至って単純な力。ラドの能力、犠牲を用いた人体破壊。ジン、セリス共に重傷の今、考え得る選択肢はそれしか残されていなかった。セントラルホーム前で行使した際には、カードの絵柄一つ変えるだけでも一年近い命を浪費した。身体ともなれば、数十年単位にも及ぶのは間違いないが、躊躇っている場合でもない。ラドは意を決して、ジンへ指示を出す。
「一瞬だけでいい、イヴァムに隙を作らせて下さい。」
「了解ッ!!」
ラドの瞳に宿る覚悟を信じて、ジンは動く。ラドの進行速度に合わせて絶影で接近し、イヴァムと剣を交える。この場にいる誰もが、ラドが能力者に覚醒した事を現時点では知らない。知られてしまっては対策の一つでもされてしまうが、知られていない事は、一度限りとはいえ強力な<切り札>にもなり得る。その事を理解しているのか、ジンは鬼神の如き形相と勢いでイヴァムを押し始める。
「うおおおぉぉぉ!!!」
「まだこれほどの余力が………!素晴らしいよ、ジン!」
「僕達の『希望』をその身に受けてみろッ、イヴァムウウウゥゥ!!!」
狼ですら震え上がりそうなジンの咆哮に誘われるように、ラドは攻撃可能な射程に入ると、犠牲の力を注ぎ込んだ右手を力強く伸ばした。
「喰らえええぇぇ!!!」
「そう思い通りにはいかないよ?」
イヴァムは危険を感じ取ったのか、保険としてラドに向けて細剣を投擲する。しかし、見積もりが甘かった。ラドの犠牲は細剣を分解して突き進み、イヴァムの身体を抉る。そのまま貫いて身体の半分を分解させる事に成功した。
「………どういうことだ?」
イヴァムは即座に後退して、自身の身体を修復させようと試みるが、いつまで経っても再生が始まらない上、流血すらしない事に疑問を感じて小首を傾げる。反面、ラドは犠牲の代償である命の消費を受け、その場に転がって悶え苦しむ。
「うぐっ………うあああぁぁぁ………!!」
「なるほど。能力を手にしていたのか。フフフ、これはやられたな。」
分解による痛みはないのか、上半身の左半分を欠損したイヴァムは満足そうに瞳を閉じて微笑む。肉体が維持出来なくなったのか、徐々に崩壊していく。やがて力なく地面に崩れると、細剣を手放して天を仰いだ。
「見事だよ、ラドクリフ・オーゲンス。これが君達の『希望』か。………しかし、その代償はあまりに大きいモノのようだね?」
「ああぁぁああぁ………!!」
「ラドッ、大丈夫か!?」
焼けるように熱い身体を、どうにかして抑え込もうと必死にもがく。だが、犠牲の力は容赦なくラドから命を吸い取る。自分自身でも、命の灯火が消えゆくのを感覚的に理解出来るほど、激しく脈を繰り返しては荒れ狂う。耐えに耐えること数十秒、何とか代償を払い終えたラドは、立ち上がってゆっくりとイヴァムの元へ歩み寄る。
「僕達の………勝ちです。」
「そうのようだね。………僕『達』か。フフフ、確かにそう言わざるを得ないか。こんな隠し玉は流石の僕も予想出来なかったよ。」
「ラド、いつの間に能力を?」
「それは後ほど。今は目の前の事態を終息させましょう。」
「………そうだね、すまない。」
「フフフ、尤もらしいことを言って誤魔化すのは実に君らしいな。まあ、良いか。」
イヴァムは満足気に大きく深呼吸をして、ジンへと顔を向ける。ウンブラの書を空間から持ち出して、遠隔操作でページをめくる。書は何度か光り輝く様子を見せるが、すぐ光は霧散して掻き消えた。
「ウンブラの書が反応しない。どうやら僕の力も身体から抜けているようだね………。非常に腹立たしいが、敗北を受け入れるしかないようだ。」
ジンは抵抗力のなくなったイヴァムの顔面に細剣を突きつける。様々な因果関係に縛られたジンの複雑な想いが、震えている切っ先に込められている気がした。
「君の想いが手に取るように分かるよ、ジン。あえて聞くけど、どんな気分だい?」
「最悪だ………。」
「フフフ、それは何よりだ。」
長い間。それが何を意味しているのか、ラドには分からなかった。やがてイヴァムは悟ったように口を開く。
「ラドクリフ・オーゲンス。君に良い事を教えてあげよう。今回の事象を引き起こした犯人は、僕以外にもう一人存在するんだよ。」
「………何だって!?」
「聞きたいかい?それはね―――――」
「聖典教会大司祭、ナーゲル・リンフシュト。」
意外なことに、犯人の名前を口にしたのはイヴァムではなかった。ジンはさらっとその名を口にすると、イヴァムに答えを求めるかのように細剣を僅かに動かした。
「おや、ジンは気付いていたのかい?」
「今までの疑問を全て繋ぎ合わせれば、そう難しくもない答えだったさ。………信じたくはなかったが。」
「フフフ、だろうね。けど事実だ。周辺に蔓延っている魔物達は、彼が作り出した実験体の成れの果てさ。」
衝撃の告白の数々に、ラドは言葉を失っていた。様々な感情が入り乱れてはナーゲルの顔を思い浮かべる。正直な話、ずっと騙されていた事よりも、何故このような愚行に及んだのかを知りたかった。
「知りたそうだね?ならば確かめに行くと良い。彼はまだ聖典教会内にいるはずだよ。」
「どうしてそんな情報を提供してくれるんですか………?貴方にとって大司祭は同志ではないんですか?」
「所詮は互いに利用し合ってただけだからね。僕が敗れた今、もう彼に協力する道理はない。」
「………行ってくれ、ラド。」
「ジンさん?」
「ここは僕に任せて、先に行ってくれ。大丈夫、後で追いつくからさ。」
落ち着いた表情でラドに話しかけるジンは、二人きりにして欲しそうにも見えた。ウルの安否も心配な今、いくら敵が瀕死の状態とはいえ、重傷のジンとセリスを置いて行くのも気が引けた。しかし、ジンが頷いて微笑んだのを見て、ラドの決心が固まる。
「………頼みました。」
「ありがとう。」
決して振り向くことなく、ラドは仲間を信じて、聖典教会へ向かって全力で走り始めた。その姿が消えるまで見届けたイヴァムとジンは、再び顔を見合わせる。
「君も素直じゃないね。二人にして欲しいと直接頼めば早いのに。」
「不器用だからな。そんなことより、ウンブラの書は回収させてもらうぞ。」
「ご自由に。尤も、主である僕が死に絶えると同時に消滅するだろうけど。」
「何だと………!?」
「当たり前さ。僕に相応しいモノが、僕以外の生き物に使われるのは不満だからね。」
「………我が儘な男だ。」
イヴァムは笑う。嫌味気のない純粋な笑いを聞いたのはいつぶりだろうか。ジンはとめどなく溢れてくる懐かしい思い出を胸に抑え込む。やがてイヴァムの笑いが止んだところで、ジンは口を開く。
「自らを絶対者と称し、他者を見下し続けた結果がこれだ。結局………お前も人間だったんだよ。僕らと何も変わらない、書の力で成り上がっていたに過ぎないんだ。」
「何を馬鹿な。僕はまだ自身を弱者と認めてはいないよ。」
「そんな無様な格好になってまで強情な奴だ。昔から本当に変わらないな。」
「まだ過去にとらわれているのかい?」
「とらわれている訳じゃない。ただ、どうしても納得がいかないだけだ。」
「それをとらわれていると言うんだよ。父親と母親を失った悲しみの傷は未だ癒えずか。」
全ての引き金となった張本人に言われると、腹の底から怒りが湧き上がるが、ぐっと堪えて話を続ける。
「どうしてあんな真似をしたんだ?決して父や母に恨み辛みがあった訳ではないだろう。」
「そうだね、それは無かった。………だからこそだよ。周囲の人間は地べたを這い蹲って一日一日を生きているのに、僕達は何もかも恵まれていた。望めば何でも手に入った。同じ街に生まれたはずの人間同士が、どうしてこうも違う?不満だったよ。」
「その格差社会を失くす為に、今までやって来たんじゃないのか!?」
「言ったじゃないか。どれだけ偽善を掲げようと、それは机上の空論でしかないとね。それに………一個人がどれだけ尽力しようと、物事のルールを変える事は不可能だ。」
「だからウンブラの書を………。しかし、その強大過ぎる力に溺れ、自分を見失ったか。」
「見失ってはいないさ。物事の根底を変えると言う事は、相応の覚悟が必要なんだよ。それこそ、大切な人間をこの手にかけても、何の感情も湧かないぐらい絶対的な覚悟がね。」
ジンは、イヴァムが何故父と母を殺めたのかを理解出来たような気がした。自らを絶対者と名乗り、執拗に他者と距離を置く理由が。
「分かったよ。お前の心が。少しだけ。」
「何………?」
「寂しかったんだな。」
それが図星なのかは分からないが、イヴァムは何も反応しなかった。
「お前の言う通り、物事を成し遂げるには相応の覚悟が必要だ。故に、いつかは必ず大切な『何か』を切り捨てなければならない。だから、失うぐらいなら最初から無かった事にしようとした………。」
「酷い妄想だね。僕はそんな軟弱な精神じゃない。」
「いいや、確かにお前は天才だった。言われたことは何でも出来た。同年代の人間どころか、大人と比較しても類を見ない程に優秀な子供だったさ。だけど、心だけは歳相応だった!怒られれば泣くし、褒められれば喜んでいた!!そんなお前………兄さんだからこそ、自分は他者と違って出来過ぎていると壁を作った!だからっ!!」
幼少の時、イヴァムに遊んでもらった記憶が蘇る。あの時の兄には、絶えず笑顔があった。ジンは瞳から涙がこぼれるのも気にせず、感情の波に乗って咆哮を繰り返す。
「僕を憐れんでいるのか、ジン。………フフフッ、君は壮大な夢物語がお気に入りのようだね。」
皮肉を言いつつも、イヴァムは憑き物が落ちたように満足気だった。残った最後の力でウンブラの書を跡形も無く焼き尽くすと、急速にその姿を塵へと変えてゆく。
「君の夢物語はもう聞き飽きたよ。これ以上聞く気はないから、退散させてもらおうかな。」
「イヴァムッ!」
「さよならだ、ジン。」
完全に塵となって消え去ったイヴァムを、手で掬おうと右手を伸ばすが、途中で止める。やがて周囲の音がジンを現実に引き戻す。涙を拭ったジンはセリスの元へと駆け寄り、足を引きずりながらも、共に聖典教会へと歩き始めた。




