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折れない闘志

「イヴァム、今すぐジンから離れて!」


何処からともなく現れたセリスは、水彩剣アートブレイドを構えて盛大に吼える。


「離れなければ殺す………かな?フフフ、試してみるといい。」


「やめ………ろ………!」


ジンの悲痛な願いは、セリスの怒声によって掻き消えた。目の前の惨状に感情を抑えきれなくなったセリスは、水彩剣アートブレイドを片手に一直線にイヴァムへ突撃して行く。


「やあああぁぁっ!!」


「遅いね。」


イヴァムは、他者から見ても手加減しているのが分かるぐらいに、ゆったりとした動きで剣戟に対応する。数回ほど互いの刃が交錯するも、イヴァムの戦慄を感じる一太刀を受け、何とか防いだものの凄まじい衝撃に、セリスは後方へと吹き飛ばされて地面を転がった。


「ジンの太刀筋と比べるのも失礼なぐらいお粗末だ。こんな力で僕を倒そうなどと、夢物語だよ。」


「うぅっ、まだ!」


付近の瓦礫で痛めた身体に喝を入れ、セリスは立ち上がる。そして再びイヴァムに突撃するが、あっさり迎撃されて吹き飛ばされる。苦悶の表情と痛烈極まるセリスの悲鳴を見聞きしていたジンは、思わず顔を背けて瞳を閉じる。


「やめろ………セリス!君の勝てる相手じゃ………ない………!」


「そんな事、分かってるよ。」


「分かってるなら、逃げるんだ………!」


「嫌だ!」


セリスは水彩剣アートブレイドを支えに、震えながらも立ち上がる。身体中があざだらけ、血だらけになろうとも、セリスの瞳は死んでいない。勝ち目など無いに等しいのにも関わらず、何故そこまで必死になれるのだろうと、ジンは疑問を懐いた。


「どうして、どうして何だ………!?」


「ジンこそどうして!?勝てないから諦めるの!?おかしいよ!!」


「セリス………。」


「今私達が倒れたら、誰がこの街の人達の命を守れるの!?たとえ勝てないと分かっていても、悪には毅然きぜんと立ち向かわないで、何が聖典教会なの!?私は………目の前の人を見捨てる程、小さい人間じゃない!!」


芯の通った咆哮。セリスの信念が垣間見える言葉に、ジンの心は突き動かされる。眩しすぎる彼女の泣き顔に、ジンは応えたくなった。


「ハハッ。君はいつもそうだ。僕にはない、凄く大きなモノを魅せてくれる………。」


「フフフ、感化されたかい?」


「そうだな。僕もまだまだ未熟だって学習させられた………!」


先程まで鉛のように重かった身体は、もう軽い。ジンは半ば飛び跳ねる格好で立ち上がり、その拍子に手持ちの両剣を用いて大きく薙ぐ。イヴァムは予期していたかのようにそれを防ぐと、わざとらしく細剣を振るってジンを遠ざけた。ジンは素早く後退して、セリスの傍まで寄る。


「そうだ、それで良い。」


「セリス………すまない。僕は大切なモノを見失っていたようだ。」


「本当だよ!毎回毎回、ジンは………ジンはッ!!」


涙を頬に伝わせながら憤るセリスの頭を優しく撫でたジンは、その涙をそっと拭く。様々な感情の入り混じった、仄かに温もりを感じる雫だった。勇気を分け与えてもらったジンは、額の血を拭って視界を戻し、陰のジンがイヴァムから奪った二対の細剣を構える。


「いけるかい、セリス?」


「………うんっ!!」


ジンの優しい声色にこれまでの不安が吹き飛んだのか、セリスはやや乱暴に、顔を自身の袖に擦り付けて涙を止めると、気合十分に水彩剣アートブレイドを構え直した。


「これこそ僕の求めていた『希望』だ。さあ、君達の力で『絶望』を打ち払えるかな?」


「言われずとも、そうするさッ!!」


以心伝心。今なら、セリスの考えている事が、ジンには全て理解出来た。セリスも同じ感覚なのか、視線を送ると口元が笑っていた。それに応えるようにジンも口元を緩ませると、絶影プロセスネグレクトを行使して一気にイヴァムへと詰め寄った。ジンが移動を開始したのを確認した後、セリスも続く。


「さて、どんな奇策が飛び出すのか見物だね。」


イヴァムは剣先を地面から宙に動かし、余裕の表情で迎撃体勢を整える。一見隙だらけに見えるが、絶対者を自称するこの男(イヴァム)に限ってその可能性はゼロに等しい。ジンはあえて、破れた戦術を今一度再利用して攻撃を仕掛けることにする。

ジンが射程内に入ると、イヴァムは鮮やかな剣捌きでジンの接近を拒絶するが、剣同士が交錯した瞬間に陰のジンへと入れ替わり、一閃ブランディッシュでイヴァムの細剣を叩き割る。ウンブラの書で新たに細剣を複製するその隙に、後ろに続いていたセリスが妨害に入る。


「させない!」


「弱くとも、時間稼ぎは可能………か。」


自身より遥か格下の存在に一本取られたことに納得がいかなかったのか、イヴァムは僅かに眉根を寄せて不快感を露わにした。セリスは水彩剣アートブレイドに風を思い描き発現する。振り下ろし様に風の力で振りを加速し、終わり間際に逆方向から力を加えて減速させる。攻撃自体はかわされてしまうが、セリスの狙いはイヴァムに当てることではなかった。ブレーキをかけた事により、比較的普段より短い時間で次の行動に移れたセリスは、すかさず次の攻撃を加える。


イヴァムにとっては虚弱な一撃とはいえ、武器を失っている今ではその力も効果を増す。セリスの攻撃をかわしつつ武器を生成する暇はないらしく、回避で手一杯になっている。セリスが作った明確な隙を逃しまいと、ジンは一気に畳み掛ける。


「終わらせてやる、イヴァム!!」


再び陰のジンから主導権を奪った陽のジンは、絶影プロセスネグレクトを用いてイヴァムの背後に回り込むと、魂のこもった雄叫びと共に袈裟斬りを放つ。深く鋭い一撃は、イヴァムの骨まで食い込んだ。


「ぐっ………!フフッ、だがまだ足りないよジン!この程度では!」


イヴァムは攻撃を受けることを想定した上で、空間から複数の細剣を生成していた。膨大な量の細剣の内二つを手にし、残りの細剣は天から雨のように降らせた。イヴァムはウンブラの書によって、無尽蔵の再生能力を得ている為に、いくら攻撃を受けようと肉体は再生するが、ジンとセリスにそのような力はない。


「多少強引ではあるけど、これならどうかな!?」


「ジン!!」


「くそっ………距離を取るよセリス!」


あと少しでイヴァムの胴体を切断出来たが、自身の命を優先して諦める。イヴァムの身体に細剣を突き刺したまま、もう一本の細剣を片手に「雨」の射程外へと逃げる。セリスも後に続こうとするが、足を捻って地面へ転倒した。………ように見えたが、その転倒は足を捻ったのが理由ではなかった。

能力リボルトの酷使による代償によって、セリスの体力は極限まで低下していた。セリスの能力リボルト行使の条件は、具現化したイメージの大きさに伴い、自身が空腹になること。先程まで風の力を無計画に振り回していた為、そのツケが回ってきたのだった。


「セリスッ!!」


セリスの未曾有の危機に、ジンはすぐさま反転して救出に向かう。


「ジン、私のことはいいから逃げて!!」


「君が諦めてどうするんだ!?待ってて、今助ける!!」


「雨」が大地に降り注ぐ前に、ジンは絶影プロセスネグレクトを行使してセリスの元へと辿り着き、空からの攻撃に備える。やがて攻撃が開始されると、もう肉体の修復が完了したのか、イヴァムは「雨」に乗じて自らも宙へと身を躍らせ、ジンに向かって降り注いだ。互いの魂が乗った剣が再び鍔迫り合い、それが衝撃波となって周囲の風を吹き飛ばす。


「弱者を助ける為に自らも犠牲にする気かい?君らしいと言えば君らしいが………未だ情を捨てきれないから、切り捨てると言う覚悟がないから、『絶望』を打ち払えない!」


「そんなことはない!!貫くこともまた覚悟であり『希望』だ!僕はお前のように、書に心を奪われて血迷ったりなどしない!!」


「世迷言を………!」


イヴァムは珍しく感情を剥き出しにして、怒りを露わにする。その思いは細剣に乗ってジンに重くのしかかる。大地に突き刺さっていたセリスの水彩剣アートブレイドを借りて、左手で『雨』に対応しつつ、右手でイヴァムの細剣を防ぐ。

水彩剣アートブレイドは、セリスの意志の強さに比例して強固になる。咄嗟に借りたが故にその事を失念していたが、降り注ぐ細剣を軽く払えたことに、セリスの闘志はまだ消えていない事を確認し安堵する。


「セリス、まだやれるね!?」


「………当然!」


阿吽の呼吸で、セリスが立ち上がったと同時に、ジンは水彩剣アートブレイドを宙に放り投げる。それをしっかりと掴んだセリスは、僅かに残った体力を酷使して風の力を発現させ、『雨』の軌道をそらす。そして、降り注ぐ内の一本を掴み取ると、ジンの左手目掛けて放り投げる。セリスの行動を全て理解していたジンは、イヴァムと交戦しながらも細剣を受け取ると、攻勢に出る。


「どうした!お前の力はそんなものか!?」


「その威勢は身を滅ぼすよ、ジン!」


軌跡を追うのがやっとの激しい攻防。所々で舞い散る火花が、美しくも儚い。数分程度その攻防が続いた後、徐々にジンの動きが鈍り始めた。


「おや、もう限界のようだね?でも………よくやったと言うべきかな?」


「まだだ、まだ僕の心は死んではいない!!」


「そうだ………そうやって抗い続けるんだ!」


「私だって、まだいるんだから!!」


セリスはふらふらになりながらも、水彩剣アートブレイドを持ってジンの加勢に入ろうとするが、さすがに力を酷使し過ぎた故か、胃液の量が増している。これ以上戦えば、「餓死」してしまうのは明白であった。しかし、同じぐらい無理に無理を通して戦うジンを、放っておく訳にはいかないと動き始めるが、走ろうとする手前で、背後から伸びてきた男性の手に制止された。


「セリスさん、ここは僕に任せて。」


「ラド………君。」

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