絶対者の実力
五月雨の如き閃光が至る箇所で点滅し、激しい金属音を打ち鳴らしながら次々と移動していく。その閃光の発生源であるジン・フォルバートとイヴァム・ジア・ラザードは、皮肉にも兄弟故か、剣を交える度に互いの感情を読み取りながら会話をしていた。
しかし、いつまでも攻防は続かない。周囲の状況にも気を配っていたジンは、怪物に襲われている市民を発見する度に、怪物を斬り伏せてイヴァムとの戦闘に戻る。一瞬の余所見さえ危険極まりない相手だと理解していても、どうしても市民を見殺しには出来なかった。
イヴァムは、そんなジンの心の内を読み切っているのか、市民を発見する度に攻撃の手を加速させて、対応を困難なものにさせていた。
不可能を無理矢理実行させた代償は大きく、既にジンの身体からは、多量の血が外へと流れている。このまま続けていると、出血多量で死に至ると判断したジンは、涙を呑んでイヴァムとの剣戟に集中する。
「おや、人助けはもう終わりかい?一度始めたことぐらい、貫き通してもらいたいな。」
「黙れッ!!災いの根源たるお前を消さなければ、悲劇の連鎖を止められない………そう判断したまでだ!」
「ようは達成出来ない事への言い訳だね。失望したよ、ジン。」
「分かった風な口を利くな!」
ジンは精神に呼び掛けて、もう一人の自分である陰の姿を呼び覚ます。
「ハハハッ、最初から俺を呼びゃあいいんだよ!!」
陰のジンは早速能力、一閃を放ちイヴァムの剣を粉砕すると、続け様に鋭い剣舞でイヴァムに攻撃を浴びせる。しかし、どの攻撃も決定打には至らず、すんでの所でかわされてしまう。
「僕の剣を破壊した程度で有利になったとでも思ったのかい?残念だけど、これはいくらでも創り出せるんだよ。」
イヴァムは口元を歪ませて、実際にやって<魅せる>。空間から先程同様の細剣を取り出し、右手に持つ。
「もう一人のジン。君はもう少し、頭を働かせながら動くと良い。」
「ハハッ、言ってくれるじゃねぇか!!」
関係ないと言わんばかりに、陰のジンは再び剣を叩き折る。しかしその度にイヴァムもまた、空間から細剣を取り出して右手に持ち直す。
「やれやれ、仕方がない。その身体に学習させてあげるよ。」
イヴァムは空間から別の細剣を取り出して、指と指の間に計八本挟み、投げナイフの要領でジンへ投擲する。陽のジンであれば、複数の箇所への同時攻撃に対応出来たであろうが、陰のジンはそこまで考えが及ばない。一閃を行使して辛くも細剣の雨を凌ぐが、その対応に労した時間をイヴァムは有効に使用する。
「想定外の攻撃に弱いね。がら空きだ。」
「チッ………!」
イヴァムの斬撃が迫る。しかし、陰のジンはこれを避けず、肩に直撃を受ける。肉に食い込むその重みに耐えながら、痛み分けとしてイヴァムの脇腹に二対の短剣を突き刺した。
「これでイーブンだなぁ!?イヴァム様よぉ!!」
「………ぐっ、フフフ。僕の予想を上回る奇抜な行動は賞賛に値する。けどね―――――」
イヴァムは腹部に刺さった短剣を苦しそうに引き抜くと、返り血と共に遠くの地面へ投げ捨てる。そして、自らの腹部を左手で押さえると、受けた傷がみるみる塞がっていく。ウンブラの書は、人体の修復能力さえも有しているようであった。
「何ッ!?」
「痛いことは痛いけど、再生は無尽蔵なんだよ。さて、続きだ。」
イヴァムは再び空間から複数の細剣を取り出すと、先程同様にジンへ投擲する。武器を失っているジンは、投擲された細剣の刃を乱暴に掴んで、出血しながらも新たな二つの武器を獲得した。扱いに長けた部類の獲物ではないが為に、やや動きが鈍くなる。
「おや、それはお気に召さないようだね?」
「ほざけ!!」
たとえ獲物が変わろうとも、一閃の力は健在。ジンは能力を行使して、細剣の雨を叩き折りながら前進する。そして全て折ったと同時に陽のジンへと入れ替わり、今度は陽のジンの能力である、絶影を行使して瞬時にイヴァムとの間合いを詰める。
「ほう、連携か。」
「無理矢理、だがな!」
陰のジンは、一度主導権を渡せば気の済むまで暴れ回る。なので陽のジンは、記憶の齟齬が発生するという、多少のリスクを承知の上で、無理矢理主導権を奪ったのだった。
「これで仕留めるッ!!」
ジンの一閃は、イヴァムの肩を裂く。確かな手応えはあったものの、やはりウンブラの書の力によって、その傷口は瞬時に塞がる。だが、ここで諦めるジンではない。ようやく掴んだチャンスを、そう簡単に放しはしない。腕が千切れるほどの神速の斬撃で、イヴァムの身体を微塵切りに引き裂く。
「うおおおぉぉぉ!!」
「っ………フフフ、それでこそジンだ!」
イヴァムも負けじと、より行動を加速させてジンの攻撃に対応する。やがて、徐々にジンの動きが失速していくのに対し、イヴァムは衰えを知らないのか、ウンブラの書で力を得ているのかは定かではないが、汗一つかかずに、美しい太刀筋を維持し続けていた。
何かしらの打開策を用意しなくては、このままではじりじりと押されて負ける。しかし、捌くのがやっとの剣戟の合間を縫って思考する余裕は皆無に近く、イヴァムもそうさせる気は毛頭無い。より激しさを増す攻撃に悔しさを滲ませながらも、ジンは後退しながら迎撃を始める。
「フフフ、そろそろ限界が近いようだね?」
「まだだ………まだ!」
「強気なのは結構だけど、防戦一方になっているよ?せっかく楽しくなってきたのに、もう少し足掻いてくれないと、僕としては不満が残るな。」
「調子に………乗るなッ!!」
交戦前からずっと溜まっていた鬱憤が頂点に達したジンは、イヴァムの挑発に乗せられる。大きく距離をとった後、勢い良く身体を捻って大地を蹴り、両手に持つ二つの刃を交差させて飛び掛かる。
「付け焼刃かい?甘過ぎるよ、ジン。」
絶影を行使した不規則な移動で緩急をつけてみるも、ジンの一撃はイヴァムの返し刃によってあっさり止められた。即座に離脱を試みるが、イヴァムの行動が一手早かった。そのまま細剣を使ってジンの身体を押し弾き、ふらついた刹那に怒涛の突きを放つ。
さすがに全ての攻撃は捌ききれないと判断したジンは、急所と対処可能な箇所だけに限定して守り、それ以外の攻撃をその身に受ける。多量の鮮血で衣服が血に染まるも、意識をしっかり保って捌いた。
「冷静だね、流石だよ。」
「ぐっ、馬鹿にするなよ………!」
震える膝に鞭を打って、ジンは二対の剣を構え直す。誰の目から見ても、ただの強がりだと分かる瀕死の状態だった。
「フフフ、やはり君はそうでなくてはね。僕の自慢の弟だ。」
「どこまでも、見下して!!」
「誤解しないでもらいたいな。僕の目に適う人間だと証明してみせたんだ。もっと誇ってもいいんだよ?」
「それが馬鹿にしていると………ぐうっ!」
ジンは片膝を突いてうな垂れる。もはや言い返す余力も尽き果てた。額から流れた血が、左目の視界を遮る。イヴァムはそんな満身創痍のジンに近寄り、嬉しそうに眺めながら囁く。
「立てないのかい?でもまだ、君の闘気は消えてはいないよ。さあ、もっと足掻いて僕を楽しませてくれ。」
敵の目の前で武器をしまうイヴァムの挑発に応えるように、膝を震わせながらも立ち上がろうとするが、身体は正直で、もう限界だとサインを発していた。
「残念だ。もう身体がついてこないようだね。では、そろそろ閉幕にするかい?」
「………僕を殺してもいいのか?お前の目的は、僕達を入れ物にする事では………ないのか?」
「この期に及んで命乞いかい?いや、そうだね。君は知らないんだったね。結論から言うと、僕の欲している依り代に、中身は必要ないんだよ。新しい身体になる予定のモノを傷つけたくないんだけど………多少は我慢するさ。」
余裕たっぷりに説明したイヴァムは、ジンの首筋に細剣をあてがう。死は秒読みだった。ジンが言葉を発するのかと予想して、僅かに間を置いたイヴァムだったが、沈黙したまま何も答えない。
その反応に納得がいかなかったのか、イヴァムは軽く溜め息を吐いた後、細剣で大地を薙ぐ。撫でたようにも見えた軌跡だったが、大地には深い裂け目が作られていた。
「僕はね、人間のあらゆる姿が見たいんだ。絶望はこの街の人間で十分に堪能させてもらったよ。だから今度は、絶対者たる僕に刃向かう者の代表として、希望を見せてはくれないかい?」
「………僕は。」
「ジーーーーーン!!!」
突如、ジンとイヴァムの耳に女性の声が木霊する。毎日のように聞いている、活発なあの少女の声―――――
「セリス………!?」




